第22話「裏腹」

前回のHRで催し物と、本番までの準備のおおよその流れは決まった。

そのおかげか教室内の雰囲気はかなり軽くなり、賑やかに細かい決め事を詰めていく。



それを仕切るのは当然、実行委員なのだが……。



「……ってことで、接客班と裏方班に分けようと思う。えっと、九重。どうやって決めたらいい?」


「いや、普通にまず希望を取れよ。それから、人数調整していくしかないと思う。……あぁ、両方やりたいとか、衣装作りはしたいけど裏方がいいとかあるかも知れないから、それは希望を聞いてから調整する前に確認した方がいいかもな」


「なるほど……。じゃあ、まず接客やりたい人ー!」



と名指しで意見を求められたり……。



「ねぇ、九重くん。シフトはどうすればいいと思う?」


「……多少の不公平には目をつぶって、適当に組めばいいんじゃないか?」


「え?それじゃ、不満がいっぱい出ない?一緒に入りたいとか、休憩行きたいとか、みんなあると思うよ?」


「そういう希望は、たぶん多すぎて処理出来ないだろ。個人間で交代してもらうようにして、後で完成形さえ分かればいい」


「……そっか。あっ、でも毎回私達に言われる事を思うと……」


「後ろのホワイトボードに書いとけ。1日1回、各時間帯の人数が足りてるかだけ見てれば、まぁ大丈夫だろ。本番3日前くらいまでに書いといてもらう事にして、締め切ってからちゃんと確認したらどうだ?」


「……うん、それなら出来そう。ありがとう!」



といった具合に、何度か個別に俺のところへ相談しに来たりした。










「いつから、実行委員になったんだ?」


「俺が聞きたいよ」



アドバイスはしたものの、班分けには手間取っているようで、実行委員が『人数が合わないっ!』と嘆いているのを菊池と遠目に眺める。


今はみんなそっちに集中しているので、俺は離れた自分の席でそっと溜息を溢した。



「……お疲れ様、大丈夫?」



一息ついていると、輪を抜けてきた櫻江がひょっこり顔を出した。

一瞬、周りの目が気になったが、今さらなので追い返すこともないだろう。



「これくらいなら、まだな。」



俺の顔色から疲れを感じ取ったのか、櫻江は苦い顔をする。



「無理しちゃダメだよ。翔太くんは今は実行委員でもないんだから……」


「……色々と、決めないといけない時期だろ。早く決まるなら、ちょっと意見を出すくらい問題ない」



櫻江に、あくまでもいちクラスメイトとしての立場を主張するが、菊池がそれを否定する。



「そう言うが、お前頼りになってる所はあるだろ。……実行委員が頼りないのもあるがな」


「そうだよ。このまましんどい事、全部引き受けちゃったりしないでね?」



菊池の言葉に同意した櫻江は、さらに心配したような目を向けてくる。



「俺だって、そこまでお人好しじゃないよ……」



そう答えた直後、『九重ー!ちょっといいか?』とお呼びが掛かる。


俺は少しくらいゆっくりさせろ、と思いながらも腰を上げた。




「……そこまでのお人好しにしか、見えないぞ」



菊池がボソッと言った言葉に振り返ると、櫻江が頷いているのが見えた。











「九重くん、すごいよね」



準備がはじまって数日、日に日に翔太くんの評価は上がってきている。

たまに、実行委員達と私がよく一緒にいる子達の話にも、呼ばれた翔太くんの姿を見るようにもなった。


……その事は一緒に居れる時間も増えるし、嬉しいんだけど。



「いつも静かに本読んでるから、こういう行事とか興味ないかと思ってたよね」


「そうそう。ちゃんとクラス全体の事も考えてくれてるし、ただ自分達が楽して騒ぎたい男子とはちょっと違う感じがする」



口々に翔太くんを褒めちぎる友達。

その中にはアルバムの翔太くんを気にしていた子もいて、何とも言えない気持ちが湧き上がる。




「……紗奈、そんな顔しないで」



私の中のモヤモヤを感じ取ったかのように、芹香が苦笑しながら言った。



「あっ大丈夫、紗奈の旦那様を取ったりしないから。……ていうか、そんな紗奈も可愛い!」



それを聞いて、翔太くんを褒めた子の1人が私を抱きしめる。

私はそれをいつものようにあしらいながら、やっぱり翔太くんの事を考えていた。



(……無理、してないかな。ううん、こんな時こそ私が翔太くんを支えないと!)



これまで知られていなかった、翔太くんの良いところが広まるのは私も嬉しい。

かといって、翔太くんを他の人に渡す事なんて考えられない。



でも……。



私はあの、立花莉緒を思い出す。

あいつは、翔太くんの敵。

あいつに翔太くんを近づかせると、絶対にまた傷付けるに決まっている。




でも、そうじゃない相手なら……?




もし翔太くんが私じゃない、立花莉緒でもない誰かを頼って、その人の事を好きになったら。



そう思うと、胸がギュッと締め付けられる。



私はその答えを見つけられないまま、愛想笑いで休み時間を乗り切った。












「悪い、遅くなった」



放課後での準備が解禁される日。

その日は私達は図書当番だったが、翔太くんは遅れてきた。


メッセージで連絡はくれてたけど、もう昼休みを半分程過ぎている。

……ここまで、遅くなった事はなかったのに。



考えすぎだとはわかっているけど、自分よりクラスメイトを優先されたような気持ちになって、私は少しだけ機嫌が悪かった。


そんな私に言い訳するように、翔太くんは言う。



「今日の買い出しの事で、ちょっと相談されてたんだ。実行委員と裁縫が得意な奴で行くらしいから、こっちは任されそうだ」



私はその言葉に、翔太くんを責めるような口調で聞き返した。



「……翔太くんがやるの?なんで?」



それに翔太くんは困ったような表情をして、答える。



「買い出しの間だけだ。メニュー決めは裏方に任そうと思ってたが、ある程度は全体の意見も聞いとかないと……」



「だから、なんでそれを翔太くんがやらないといけないの!?」



声を荒げた私に、翔太くんが驚いた顔をする。

幸いというか、文化祭が近づいているせいか図書室に利用者はほとんどいなかったが、私はその顔を見て正気を取り戻した。



(私、何いってるの!?)



自分でも、なんでそんなにイラついているのか分からない。

しかも、よりにもよって翔太くんに当たってしまうなんて。




「あ、あの……、ごめん。ごめんね、翔太くん。私……」



翔太くんにどう思われたか怖くて、私は泣きそうになりながら謝罪を口にする。




だけど……。




「……いや、いいよ。櫻江は俺を心配してくれてるんだろ?それを聞いてたのに、安請負やすうけおいした俺が悪い」



翔太くんは、本当に申し訳なさそうにそう言った。

私はその反応に驚いたのか、ホッとしたのかわからないまま、ポカンと翔太くんを見つめる。


すると、翔太くんは少し恥ずかしそうに『けどな……』と続けた。



「だから、櫻江に手伝ってもらおうと思ってたんだ」


「……私に?」


「あぁ、俺1人よりその方が心強い」



胸がジワッと暖かくなった。

翔太くんが……、好きな人が自分を必要としてくれる。



その喜びを噛み締めてから、私は言った。



「任せて!翔太くんの為なら、なんだって頑張るから!」



『ほどほどでいいぞ』と苦笑する翔太くんに、満面の笑みで頷いてみせる。



そうだ、翔太くんはわかってくれる。

他の子を気にする暇があれば、私は翔太くんを見ていればいい。



そう意気込み、私は自分の中のモヤモヤを吹き飛ばすことができた。










「翔太くん、はじめよっか」



図書当番の時は驚いたが、今は俺に料理を作る前のような張り切った様子で俺の隣に立つ櫻江。


ここでクラスメイトを仕切ることを思うと、嫌な思い出が蘇らないか心配だったが、隣にいる櫻江を見ていると不思議と安心出来た。





『だから、なんでそれを翔太くんがやらないといけないの!?』



櫻江が俺に怒った時、正直言うと俺は嬉しかった。



櫻江は、俺の全部を肯定するわけじゃない。

ただ俺に好かれる事だけを、目的としていない。


あくまで櫻江の考え方でだが、ちゃんと俺の為を思ってくれているのがわかって、嬉しかった。




「……翔太くん?」



俺を覗き込んで来た櫻江に、笑みを浮かべてひとつ頷く。




「じゃあ、買い出し組が戻って来るまで、メニューについて話そう」



俺の一声で、すぐに意見が出るわけじゃない。

いくら協力的な人間でも、口火を切るのは躊躇ためらうものだ。



それは仕方ないので、まずは自分の考えを出そうとしたが、櫻江のフォローでその必要が無くなる。



「パンケーキは決定だよね?じゃあ、私はクリームいっぱい載せたいな」



櫻江の言葉を聞いて、『じゃあシロップかチョコレートは掛けたいよね』『苺は外せないでしょ』など意見が飛び出す。



こういう事を決める時、とにかくまず意見の量が必要なので、とてもありがたい。





俺と櫻江が進行をする、この話し合いは順調な滑り出しを見せた。








……かに思えた。







ガラッ


「お、もうはじまってたか」



さっき買い出しに行ったはずの、男の実行委員が戻って来た。

『もう帰って来たのかよ』などの呆れた声に、『違うって!』と反論してから、俺に言った。




「九重の事、探してる奴が校門に居たんだ。俺はどうせ買い出しに行っても大した役には立たないって言われたから、それを伝えに戻って来た。……悪かったな、九重。代わるから、行ってやってくれ」




俺を探してる奴?

俺は真っ先に、立花と智樹を思い浮かべた。



……あの2人なら、放っておきたい気分だな。


などと考えながらも、一応名前を聞く。




「特に約束とかはしてないんだが、なんて奴だ?」



『あぁ、そうそう』と、実行委員は今名前を伝え忘れていた事に気づいたかのような反応をして言った。












「山本って言えば、わかるって」

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