第21話「騒ぎの予兆」

あれから数日、特に大きな問題もなく学校生活を送っている。

1度だけ、『お前、櫻江にストーカーしてるのか?』と別のクラスの奴に聞かれたが、それも敵意を向けてくるものではなく、確認している感じだったので、『普通の友達だ』と答えるとアッサリ信じてくれた。


それだけ高木が頑張ってくれたのを有り難く、小林の信用が落ちている事になんとも言えない気持ちになる。







でだ、それは置いといて俺個人としてではなく、目下クラスとしては大きな問題が発生していた。


それは……。




「文化祭の出し物、1年で決まってないのウチだけだぞ!もうこの中から多数決でいいか?」


「待ってよ!それじゃ、絶対に男子が推したやつになるじゃん」


「そんな事言われたって……。ずっと決まらないままだろ!」



そう、文化祭での催し物が決まらないのだ。

実行委員がなんとかしなければとアレコレ意見は出すものの、結局最終決定には多数決が手っ取り早いのにそれを反対されれば困窮こんきゅうするのもわかる。



で、男子の一推しが『メイド喫茶』。

まぁ、1度はやってみたい定番のような気はする。


女子が推してるのは『パンケーキ屋』。

なんでも、なるべく本格的なものがやりたいらしい。



合わせようと思えば出来そうな組み合わせに見えなくもないが、それだと手間が掛かり過ぎるのではという意見が出た。

しかも、衣装を作るのは主に女子になりそうな上、当日の表も裏方も女子に負担がいきそうな組み合わせだ。


流石にそれは可哀想だと俺も思う。

まぁ、だからどうすればいいかなんて、誰もわからないからこうなってるんだが。




すでにこの会議でHRを使うのは3回目。

早いクラスなら、もう動き出している。

使える時間の差はクオリティの差に直結しかねない。


その事をわかっている人間は多く、クラス内でも焦りの色が見えはじめていた。




「九重、どうにかしろよ」


「……無茶言うな」



後ろの席の菊池も、無表情の中にウンザリしている様子を滲ませて俺にそう言った。

だが、俺にそんな発言力は無いし、無茶振りもいい所だと思って溜息を吐く。


俺と菊池のポジションは傍観者。

紛糾ふんきゅうしているクラスメイト達の議論を、結果だけ待ってボーっとしているだけだ。



(櫻江は、大変そうだな……)



曲がりなりにも、櫻江はこのクラスの中心グループにいる。

積極的に前に出るタイプではないが、周りに、主に女子に意見を求められている様子もあり、それに頷く事しか出来ていなくて、困っている様子がよくわかる。


……櫻江のメイド姿を所望している男子も多いだろうから、それも無視できないのだろう。

男子からも櫻江を説得するような声が聞こえ出すと、櫻江は助けを求めるように俺を見た。




(……俺にはどうにも出来ないよ)



バッチリと目があってしまったので、首を振って俺は無力だとアピールする。







それに少しムッとした様子を見せた櫻江の顔が、急に笑顔になったので俺は嫌な予感に背筋が凍った。







「翔太くんが見たいなら、やるよ」







バッと話し合いをしていた面々が、一斉にこっちを向いた。




(あいつ……!)




やりやがった、と思うと同時に男子数名が俺のところに詰め寄る。




「九重も櫻江さんのメイド姿、みたいよな!?」

「頼む!お前は『うん』と言ってくれるだけでいいんだ!」



(それ以外の選択肢を用意してないだけだろ!)




これまで親しかった奴等でもないが、こうやって頭を下げられると返答に困る。



俺が助けを求めて菊池を見ると、笑いを噛み殺すのに必死な様子で顔を下げていて、次に櫻江を見ると、ちょっとした悪戯を成功させた子供のように嬉しそうに笑っている。




「なぁ、頼むよ九重!」

「なんとか言ってくれ!」



「わかったから、落ち着け!」



俺は2人に見捨てられ、半ばヤケクソにそう言った。



「いいって事だよな!?」


「違う!落ち着けって言ってるだろ……」



俺は呆れながら、1番必死な実行委員である男子をとがめた。



「櫻江が納得したって、全員が納得してないと意味ないだろ」



そう、俺の返答によって男子は櫻江という強力な味方は得るかも知れないが、それで全てが解決する訳じゃない。



「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」



これまでの話し合いで鬱憤が溜まっていたのだろう、それを俺にぶつけてくる実行委員。


俺はちょっとだけ、こいつが不憫ふびんに思えてきた。




(……しょうがないな)



俺なんかの意見でどうにかなるとは思えないが、今まで見て見ぬフリをしてきたのだから、ちょっとでも助けになればと口を開く。



「今、問題なのは女子に負担がかたよるって事だろ」


「……そうだよ」



若干、不貞腐ふてくされた様子で、実行委員が頷く。



「なら、それを分散させろよ。……接客に男子も入れて、裏方にも入れればいい」


「そんな事言ったって……俺達、料理なんて出来ないぜ?」



別の男子が、そう意見する。



「そんなの女子だって一緒だろ。メニューをパンケーキに固定するなら、まだ時間もあるし覚えられるさ」



詰め寄って来ていた男子以外にも、言い争いをしていた女子も寄ってくる。



「衣装はどうするの?女子の分だけ用意して、ある程度着回すなら出来るかも知れないけど、男子の分までってなると……」



その女子は裁縫が得意なのだろう。

自分が担当するつもりで意見を言ってくれているみたいなので、有難い。



「ちょっとクオリティは落ちるかも知れないが、男子なんてカッターシャツにベストかエプロン巻いとけば、それっぽくなるだろ。……接客と裏方は完全に分けて、接客側は衣装作り、裏方はメニュー決めと料理の練習でとりあえず準備を進めて、手が空いた奴から内装とかやり出せば……まぁ、間に合うんじゃないか?」



俺の話を聞いて、各々おのおのが何かを考えている様子を見せる。

しばらくして、代表するように実行委員が声をあげた。



「イケる……!それなら、何とかなりそうだ!」


「まぁ、男子も接客するなら、私達も休憩時間それなりに取れそうだし……いいんじゃない?」



次々に賛同の声が上がるが、俺としては『こんなので、いいのかよ……』と不安になる。




「やっぱり出来るんじゃないか」


「うるさいぞ、裏切り者」



いつもの悪人面あくにんづらを浮かべた菊池に、俺は精一杯の悪態を吐いた。











「お待たせ、翔太くん!」



その日の放課後、俺は高木と話した同じ踊り場に櫻江を呼び出した。

無理ならメッセージでも良かったが、早めに釘を刺しておきたかったからだ。



「悪いな……ちょっとだけ、いいか?」


「うん、もちろん」



櫻江は急な呼び出しに嫌な顔をするどころか、笑顔で俺の話を待った。



「今日みたいのは、俺も助けなかったのは悪かったけど、やめてくれ」


「……あぁ、やっぱり嫌だった?ごめんなさい」



途端にシュンとする櫻江に、そこまで気にする必要は無い事を伝える。



「いや、意見を求められた事自体が嫌とかではないから大丈夫だ。けど、なんていうか櫻江が、俺に好意を持ってること、知られるのが嫌とかはないのか?」



自分が恥ずかしいのを隠し、言葉を選びながらそう聞くが、櫻江はわからないようで首を傾げた。



「えっと、私が翔太くんを好きだって事を?」


「……あぁ、そうだ」



『好き』という言葉を何ともなく使う櫻江に、こっちがこそばくなってしまう。

対して、櫻江は真剣な表情で首を振った。




「そんなこと、ありえないよ」



「ありえない?」



言い切る櫻江に今度は俺が聞き返すと、櫻江は頷く。



「私が翔太くんの事も、翔太くんを想う気持ちも、恥ずかしいとか知られたくないとか思わない。……だって、誰に知られたってどう言われたって私の気持ちが変わらないことは、私が1番よく知ってるから」



そう言って俺を見上げて、櫻江が微笑む。




『私はどこでもこの気持ちを言えるよ?』



トラウマを話した日、櫻江がそう言っていたのを今更ながらに思い出した。


『馬鹿な事を聞いた』という後悔と、ほんの少し自分の気持ちが櫻江に追いつく事はあるのか不安になる。




「……櫻江」


「なに?」


「悪かった。もう、忘れない」


「……うん」



ただ、どこまでも真剣に俺を想う櫻江に、俺も真剣に向き合うことだけは心に決めた。











「……じゃあ、翔太くんが恥ずかしかったの?」


「もう少し、言い方を考えてくれ……」



真剣に向き合うと決めたので、早速さっき櫻江が恥ずかしがるかのような言い方をした部分を、ちゃんと自分が目立ちたくないからという風に訂正した。

バツの悪そうに顔をしかめた俺を、櫻江は微笑みながら見つめる。


しかし、しばらくすると櫻江は、眉尻を下げた困った顔に表情を変えて言った。



「うぅん、これから控えるのはいいんだけど……。ごめんね、もうちょっと手遅れかも」


「手遅れ?」



櫻江の言葉に、また嫌な予感がする。



「付き合ってるか聞かれたから、『まだ違うよ』って答えたの。そしたら好きなのか聞かれたから……」


「正直に、答えたのか……」




『ごめんね?』と手を合わせる櫻江に、やってしまったものはしょうがないと思いつつも溜息を漏らす。



「でも今日の翔太くん格好良かったから、正直に言っておかないと、たぶん連絡先くらいは聞かれたと思う」


「……俺の?」



ないだろうと思いながら聞くが、櫻江はふざけた様子は見せずに頷く。

さらに、櫻江は続ける。




「翔太くんが頼りになるって知られちゃったから、文化祭は大変かもしれないね……。何かあったら、絶対に私に言って?何でも手伝うから!」


「いや、流石に考え過ぎだろ……。気持ちだけ、受け取っておくよ」



この櫻江の心配が、杞憂きゆうではなかったと俺はすぐに知ることとなる。

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