第20話「孤軍奮闘」

「それで、どうかしたか?……何となく、誰の話かは想像つくが」



教室から昇降口への通路とは逸れた適当な階段の踊り場に高木に着いて来た俺は、そう尋ねる。



「そっか……。結構、周りからみてもあからさまだもんね」



高木は少し辛そうに苦笑した。

言葉を選んでいるように何か考えた後、高木はゆっくりと話しはじめる。



「うん……。たぶん、九重くんの想像通り茜の事なんだけど……」



やっぱりか、と思いつつもその続きは分からないので、高木の説明に耳を傾ける。



「あの子、まだ紗奈が変わっちゃったのは九重くんのせいだと思ってるみたいで……」


「……何したんだ」



図書館での一件から、また何かやらかしてるのではと聞いてみると、それが当たったみたいだ。




「簡単に言うと、茜が九重くんは紗奈のストーカーだって吹聴ふいちょうしてたの」


「なんでだよ……」



あまりにも事実無根な内容に、思わず高木に突っ込んでしまった。

それに高木も疲れたように『本当にね』と小さく息を吐き出す。



「けど安心……は出来ないだろうけど、大丈夫。今のところ、それを事実だと思ってる人はいないと思うから。……というか、そのせいでもっと茜自身が孤立していってる感じ」



「……信じる奴がいなかったってことか?」



それは意外で、高木に確認してしまった。

学内で小林より、俺の人柄を信用するような奴は1人を除いていないだろう。

てっきり小林の話を鵜呑みにする奴がいるかも知れないから、注意して欲しいという話かと思ったが……。



「いなかった訳じゃないと思う。……けど、それはこっちで何とかしたわ」


「何とかって……」



この情報を持ってきてくれた高木を信用しない訳ではないが、疑わしくはある。

それをわかっていたように、高木は続ける。



「茜は私には話してたからね。『一緒に紗奈を助けよう』って……。後は、茜が話したっぽい人に最近あの子がおかしい事を説明して、誤解を解いていっただけよ」



何ともないように装ってはいるが、実際のところ、かなり重労働だったのだろう。

高木からは疲労の色が濃く見えた。


この様子だと、事前に止めても無駄だったのだとも予想できる。



まだまだ気になる事はあるが、とりあえずは……。





「……ありがとな、高木」


「え?」



俺のお礼に、高木が驚いたような声を漏らす。

逆に俺は、不思議そうにした高木がよくわからなかった。



「いや、高木は俺を庇ってくれたってことだろう?小林に協力しなかったどころか、1人ずつ誤解を解いていくなんて面倒な事をして、その上この事を俺に伝えてまでくれたんだ。お礼のひとつじゃ足りないくらいだろ」



俺の言葉に高木は大きく瞬きをして、フッと力を抜いて微笑んだ。



「本当に大した手間じゃなかったのよ。紗奈は最近、よく自分からあなたの所に行くし、嫉妬はあったとしても嘘だって誰でもわかるから」


「……そうか」



それを聞いて安心した俺も、少し表情を緩める。

そんな俺を見て、高木は言った。



「……ほんの少しだけ、紗奈があなたに惹かれてる理由がわかったわ」


「なんだ、それ」



俺は『よく分からない』という意味で目を細めたが、高木は『ほんのちょっとだけね』と微笑んだ。



「……ありがとう、九重くん」


「……」



今度は高木のお礼に、俺が首を傾げる。

さらに怪しむような目で見る俺に、高木が付け足した。



「そんな目しないでよ。……謝ってばっかりだったけど、感謝もしてるのよ?あの時、紗奈を止めてくれた事もね」


「あぁ……」



あの時の事だと言われたら、多少は納得する。



「別に、あんな櫻江を見たくなかっただけだ」


「それは私も一緒。……素直じゃないのね」



そう言われて嫌そうな顔をした俺を、高木は笑った。












「……とりあえず、この件については放っておいていいんだな?」



話しを戻して確認すると、高木は『えぇ』と頷く。



「茜の様子がおかしい事はもうみんな気付いてるだろうし、信じる人はいないんじゃないかしら。……避けられだしてもいるし」



少し辛そうにしながら高木はそう言って、俺が頷いた事を見てから続ける。



「ただ、あの子は今回の事で私も裏切り者だと思うはずだから、これからどう動くのかはわからない。何もしなかったら、それが1番なんだけど……そうはいかないかも」


「まだ諦めてないのか……」



小林のしぶとさに、辟易とする。



「関係あるかも分からないけど、何かあの子別の学校の人と連絡を取り合ってるみたいなのよね。それが変な事じゃないか、祈るしかないわ」



「他校の人間と……」



それが何を意味するのか分からないが、高木の言うように今は祈るしかない。



「今日、話しておきたかったのはこんなところ。手間を掛けさせて、ごめんなさい」


「いや、色々と助かる。ありがとう」



話しは終わったかと思ったが、高木は思い出したように俺に言った。



「そうだ、大事な事をひとつ忘れてたわ。紗奈の事なんだけど……」


「……あぁ、確かに」



高木が櫻江の名前を出した事で、俺もすぐに察する。

高木から聞いた話しを、もし櫻江が知ったら小林に何をするのかわからない。



「こう言っちゃなんだけど、紗奈の方は任せていい?私が変に動くと、その……」



高木は言いにくそうにしたが、言いたい事はわかった。



「変なとばっちりを貰う必要もないだろ。俺の方から説明しておく」


「……話すの?」


「あぁ」



出来れば隠しておきたいという高木の気持ちは分かるが、後から知った方が怖い。

……俺に『絶対に近づかせない』とまで言ったんだ。まだ知らなければいいが。



「高木がここまで抑えてくれたんだ。櫻江には何もしないように言っておくから、任せてくれ。……それでももし、櫻江が動いたらまた俺が止めるよ」



高木は不安そうな様子は隠せないようだったが、俺の言葉に頷いてくれた。



「……わかった。お願いね」



俺はその高木の不安がやわらぐよう、力強く頷いて見せた。













『小林がまた妙な事してるみたいだが、櫻江は何もするなよ。』


『……どうして?』


『高木が抑えてくれてる。櫻江が何かする必要もなさそうだった。』


『翔太くんが嫌な思いしてるなら、私がちゃんとするよ。芹香じゃ頼りないでしょ?』


『あのな……その必要がないって言ってる。高木に任せて大丈夫だとも思ってるよ。』


『……でも私、許せない。』


『落ち着け!明日の昼休みにちゃんと話すから、それまでは絶対に何もするな!』


『……わかった。』


『じゃあこの話は一旦終わろう。それから、明日の弁当にまた唐揚げ入れて欲しいんだ。』


『うん、任せて!他には何か食べたいモノない?今の所は翔太くんの好きな、ハンバーグと餃子と春巻きとウィンナーとポテトサラダも入れるつもりだよ。』


『サラダはいいとしても、メインが多すぎるだろ……。』











「翔太くん、それはダメだよ……」



次の日の昼休み、櫻江に事情を説明すると心底俺を心配した目をして櫻江はそう言った。


高木に話を聞いた後、櫻江にメッセージを送った時からだが、直接話してもやはり櫻江は納得できないといった様子を見せる。


……メッセージの時は上手く弁当の話で誤魔化したが、今はそうもいかない。



「放っておいたら、あいつはまた翔太くんに迷惑掛けちゃう。この間はあれだけで済ませたんだし、今回はもっときっちりわからせないと!」



息巻く櫻江に、コツンと拳骨を頭に軽く当てた。



「それを止めろって言ってるんだよ。今回の事を櫻江に話したのは、助けて欲しいって意味じゃない。お前がまた前みたいになるのが嫌だったから、知ってても何もしなくていい事を伝える為だ」


「……でも」


「でもじゃない。もう、ほとんど解決してるようなもんなんだ。無理に荒立てるような事はするな」



櫻江は俺に叩かれた頭を両手で押さえて、涙目になる。





「それじゃ、私は翔太くんの役には立てないの……?」




そんな事を言う櫻江に、ため息を吐いた。



「役に立つから、好きになるとかでもないだろ。……それに役に立ってるかどうかで言うなら、櫻江は充分してくれてる」


「……?」



櫻江が顔を上げて、何の事だかわからないような顔をした。


俺はもう一度、今度は盛大にため息を吐いて、櫻江が持っている巾着を指差す。



「飯、作って来てくれたんだろ?充分、その……嬉しい」


「あ……。うん!」



全く嬉しそうな顔はしてやれなかったが、櫻江は一気に表情を輝かせた。

俺は恥ずかしさを吹き飛ばす為に、声を出した。




「よしっ!……じゃあ話しは終わりだな。飯にしよう」


「わかった、すぐにお茶いれるね!あっ、除菌シート持ってるから、翔太くんもまずは手を拭いて……」



すぐに甲斐甲斐しく動きだした櫻江に、気づかれないようにそっと微笑んだ。

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