第18話(閑話)「彼女の夏休みハイライト」
「あなたが……、
おそらく、ここは翔太くんが本を買ったと言っていた書店の前。
私は少し大人びて見える、1人の女性に声を掛けた。
私の呼び掛けにこっちを見たその女は、一瞬驚いたように目を見開いた後、笑った。
「失礼な人ね。……はじめまして、
私は、こいつだと確信した。
夏休みに入ってすぐ、私がしたのは情報収集だった。
『翔太くんに何があったのか』
それを知らないと、先に進めないと思ったから。
茜や芹香も交え、男女数人で遊びに行く時は不自然じゃないくらいで、みんなの中学の頃の思い出を探った。
「へぇ、白川くんってサッカー部だったんだ。なんで辞めちゃったの?」
「いやぁ、中学の時の雰囲気が結構悪くてさ。疲れちゃったんだよね」
この男の子は、確か翔太くんと同じ中学だったはず。
少ないとはいえ、いない訳ではない貴重な情報源だ。
その内、みんなで卒業アルバムを持ち寄って話そうという企画が出た。
私は女の子の家でなら、と了承しそれに参加した。
私のアルバムを見たみんなの反応は、微妙なものだった。
その頃は、まだ幽霊の頃の私だから……。
「こんなに可愛くなるなんて、紗奈と同じ中学の子達は思ってもないよね」
「……ありがとう?」
茜がフォローなのかよく分からない感想を言って、同じ高校に来た子も少ない事もあり、私の話は早々に終わった。
そこからみんなのアルバムを見て、こいつは今茶髪にしてるだとか、化粧をして変わっただとか盛り上がる。
私は白川くんが持ってきたアルバムの、1枚の写真を指差した。
「……これって、九重くん?」
白川くんが別の人と話していたのを止めて、私の方に来た。
「そうだよ。その頃は、まだちゃんとしてるだろ?」
(可愛い……)
そこには、今よりも短い髪型で少し幼い印象の翔太くんが写っていた。
卒業アルバム特有のはにかんだ笑顔で、とっても可愛い。
「へぇ、結構キレイな顔してるんだね……」
同じクラスの人間の写真とあって、みんなが口々に話す。
気になる発言をした子に注意しながら、そのアルバムをめくっていくと、クラス毎の集合写真の時には彼は写っていなかった。
「紗奈、どうしたの?」
私がずっと集合写真を見ていると、芹香が声を掛けてきた。
「九重くん、いないみたいだから……」
「え?……本当だ。なんで?」
芹香が白川くんに聞いた。
「えっ!?あ、あぁ。あいつその日学校休んでてさ……」
その反応に、白川くんは知っているのだとわかった。
「ねぇ、白川くん……」
「な、なんだ?櫻江」
帰り道、狙ったように私と2人きりになった白川くんに好都合だと考える。
「さっきのアルバム気になっちゃって……。九重くんはどうして集合写真にいなかったの?」
「あぁ……」
少し落胆したような様子で、白川くんは言った。
「あんまり、喋らないで欲しいんだけど……」
そこで私は、翔太くんの傷を知った。
はじめて、はらわたが煮え繰り返るような怒りを知った私は、手の色が変わるくらい拳を強く握り、食いしばった歯は『ギリッ!』と鈍い音を立てた。
「さ、櫻江……?」
途中から、私の様子に怯えるように話したそいつは、話が終わると私の顔色を
「……そこにいたのに、あなたは何もしなかったの?」
「ひっ……!?だ、だって、仕方なかったんだ!
私はそいつの胸倉を掴んだ。
「……そこに居た奴の名前、全員教えて」
「わ、わかった!教えるから、助けてくれ!」
全て吐き出したそいつは、脱力して座り込んだ。
私はもう、それには目もくれずに歩き出す。
「
それから私は翔太くんの家に遊びに行き、お料理の勉強にも一層力を入れていたから、なかなかそいつらと接触する機会は訪れなかった。
茜と芹香が遊びに来たり、図書館で茜が暴走したり、そっちに手を掛けられなくなってしまったのだ。
——できれば夏休み中に、決着をつけたかったのに。
ただ、嬉しい事もあった。
翔太くんが自分の口から、過去の出来事について私に話してくれたのだ。
事前に知っていたおかげで、私は翔太くんを気遣うことに集中できた。
……翔太くんが私に支えさせてくれた時は、私を頼ってくれる嬉しさに笑みを抑えられなかった。
あぁ……、翔太くん。
翔太くんが欲しいよ……。
でも、はじめては翔太くんから私を求めてもらうのだと心に決めているので、私は翔太くんの胸に顔を埋めて必死に我慢した。
そして夏休み最終日、私はこいつを見つけた。
アルバムで見た顔よりも、髪を伸ばしてさらに大人っぽくなった、こいつを……。
「やっと会えた。……翔太くんを傷付けた、敵に」
「……違うわ」
私の言葉に、そいつは首を振って答えた。
「確かに、私は九重くんを傷つけてしまった。でも、私達はきっとやり直せる!……だから、あなたが私と九重くんを邪魔する敵よ」
「……」
また訳の分からないことを喋るやつかと、内心溜息を吐いた。
……翔太くんの敵が、まともな奴のはずがないのだけど。
「ねぇ、櫻江さん。大人しく九重くんを返してくれない?」
「……翔太くんがあなたのモノになった事はないし、あげるわけない」
私の言葉にそいつは眉をひそめたものの、すぐに私を見下したように笑った。
「……そうね。避けられてるあなたの了解なんて、いらないわ」
「……」
……こいつは知ってる。
どうやって知ったのかまではわからないが、間違いなく夏休み前までの私と翔太くんの関係は知っているようだ。
けど、今はもう違う……!
「なに言ってるの?翔太くんは、私を避けてなんかない。……抱き締めてくれた事だってあるし、頭も撫でてくれた」
「……!?」
私は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、その時を思い出して頬を赤くする。
それにそいつは目を見開いて、激昂した。
「でたらめな事、言わないで!九重くんが……、あなたなんかにそんな事するはずないでしょ!!」
そいつの怒鳴り声に、周囲がざわざわと騒がしくなる。
私は動きにくくなったと、小さく舌打ちした。
さらに間の悪いことに1人の男が、そいつに駆け寄る。
「莉緒!どうしたんだ!?」
「……なんでもない」
「いや、そんな声だしてなんでもなくは……」
「いいから、和田くんは黙ってて!」
そう言いながら私を睨むのを止めないそいつに、和田と呼ばれた男が私に気付いた。
「もしかして、……君が櫻江さん?」
「……それがどうかした?」
私がそう答えると、その男は驚いた表情をしてから私に言った。
「もしそうなら、頼む!俺達を翔太と会わせてくれ!!」
「なんで、あなた達なんかと……?」
私の言葉に、男は『くっ……』と苦しそうに顔を歪めた。
「その感じだと、全部聞いてるんだろ?俺はあいつと仲直りしたくて、莉緒はちゃんと想いを伝えたいんだ!だから……」
「それが、どれだけ翔太くんを傷付けることになるのかわかってるの!?」
本当に訳がわからない!
全然、理解できない!!
黙って翔太くんの前から消えることが、自分達にとって翔太くんに許される唯一の手段だと、何故わからないんだろう!
翔太くんはこの男を悪く言わなかったけど、やっぱりこいつも敵だ!
今すぐ消し去りたい。
翔太くんがやっと立ち直ってくれたのに、それを邪魔するこいつらなんか、今すぐに……。
けれど、これ以上目立つ行動は避けたかった。
翔太くんはどうでもいいって言ってたし、迷惑を掛けるわけにはいかないから……。
「なぁ……。場所を移動して話さないか?」
男がそう提案してきたが、私はそいつらが気持ち悪くて従いたくなかった。
話し合いになる、はずもないし。
「話もなにも、もう翔太くんに近づくな。……翔太くんは優しいから、きっとそれ以上を望まない。でも、それすらお前らが踏みにじるなら……」
私は、自分の中の憎しみを込めて2人を睨んで言った。
「私が、絶対に許さない。それを覚悟しておけ」
「「……」」
男は悔しそうに目を逸らし、女は正面から私を睨み返した。
これでわかる、とは思えない。
けれどいきなりこっちから手を出せば、きっと翔太くんは私の為に胸を痛める。
それだけは避けたい私は、
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