第17話「これからの事」


櫻江が俺にピッタリと寄り添って、肩に頭を乗せている。

時折、繋いだ俺の左手をギュッと強く握るので、櫻江の方へ顔を向けると、櫻江も俺を見上げて幸せそうに微笑んだ。



少し落ち着いてから、俺はそれからの事を櫻江に話した。




「……それから、俺は1回も中学には行ってない」


「え?それって……出席日数とか大丈夫なの?」



俺はもっともな櫻江の疑問に、苦笑して答える。



「中学までは義務教育だろ?……校長だかの許可があれば、そこまでキッチリ決められたものでもないらしい。3年なんて授業がある日も少なかったし、俺はそれまでは真面目にしてたから問題なかったみたいだな」


「……へぇ、そうなんだ」



櫻江が俺の肩に乗せていた頭を動かし、腕の辺りで甘えるように頬を拭う。


その仕草を可愛いと、素直に思った。



「俺は智樹も含めて、知ってる奴の連絡先を全部ブロックした。……あの場にいなくても、何か言われるんじゃないかって怖かったから。受験先も一つ上の今の高校に変えて、学校には受験勉強に集中してるって事にした」


「……」



櫻江が、黙って俺と繋いだ手に力を込める。

さっきまでの甘い感じではなく、俺を本気で気遣っているような感じがして、俺はそれが嬉しかった。



「……受験が終わって、俺もだいぶ落ち着けた。あいつらとは違う高校だから、知ってる奴はいても放っとけばいいとも思えたし」



そのおかげで、櫻江に会えたと思うと少し複雑だ。




「もう騙されないって、それだけ深く心に刻んで……」


「……翔太くん」



櫻江がゆっくり、俺の胸に顔を埋めて背中に手を回す。

俺はそれを拒否せず、されるがままになっていた。




「……じゃあ、それから1度もその人達とは会ってないの?」



櫻江が顔を埋めたまま聞いてきたので、それに答える。



「いや、……夏休みに入ってから、本を買いに行った時にたまたま会った。智樹と立花にな」


「……一緒にいたの?」



櫻江が回した腕に、力を込める。



「一緒にいたわけじゃないが……、似たようなもんか。俺と智樹が話してると、待ち合わせしてた立花が後から来た」


「何も言われてない?」



櫻江が、少し顔を離して心配そうに俺を見上げる。

それに心配いらないことを伝えるように微笑んで、言った。



「大丈夫だ。それに、さっき話した出来事はまだ俺の中に引っ掛かってるけど、立花自身の事は正直もうどうでもいいと思ってる」



「……そっか」



安心したように微笑みを俺に向けて、再び顔を埋める櫻江。




「……俺の話はこれで終わりだよ」


「うん、ありがとう。……翔太くんが話してくれて、すごく嬉しかった」



俺に引っ付いたまま身動ぐ櫻江にくすぐったさを感じたが、今は引き離すことが出来なかった。










飲み物を入れ直して、櫻江が時間通りに来た時用に準備していたお茶菓子を出す。


櫻江は戻って来た俺にまた引っ付こうと隣を勧めたが、『もう大丈夫だから』とあしらって今度は向かいに座った。

仕方なく、といった風に櫻江も目線を合わせる為か床に座ったので、クッションを一つ渡す。




「……取り引きはもう、無しでいいんだよね?」



夏休みも残り1週間と少し。

櫻江はこれからの事を話し出した。



「……取り引きって言い方をするなら、無しでいいだろ。俺からの希望なら、あるけど」


「翔太くんのお願いって?」



可愛らしく言い換えて、櫻江が興味深そうに俺を見た。



「……なるべく今まで通りに過ごしてくれ」


「今まで通り……?」



櫻江が首を傾げる。



「あぁ。櫻江の方は普通に友達と過ごして、俺とは図書委員が一緒なだけの……」


「それはちょっと、悲しいかな」



櫻江が『不満です』という感情を、ありありと伝えてくる。

……まぁ、告白までしてくれた子に、これはちょっとないか。



「……わかったよ。じゃあ取り引きの継続みたいにはなるが、週1回図書委員以外でも櫻江と昼休みを過ごすのは残そう。メッセージも最近みたいにちゃんと返す。それに教室や人目のある所で関わるな、とまでは言わない」


「ホント!?」



格段に俺と過ごす時間が増えるであろう提案に、櫻江は目を輝かせた。

そんな櫻江に『ただしっ!』と釘を刺す。



「なんの制約もなかったら、櫻江はずっと俺と居ようとするだろ?」


「それは……、そうだね」



素直に頷く櫻江に、その姿が容易に想像できる。



「だから、基本的に友達との約束と俺との約束は早かった方を優先させてくれ。……あと、週1回の約束は、別の約束が出来たらそっちを優先」



「えぇっ!?……じゃあ、図書委員以外では会えない週もあるってこと?」



俺はそれに頷いて、答える。



「あぁ。要は、俺と他の友達の優先順位をなるべく同列にしてくれってことだ。……教室にいる時も、極端にこっちに来るような事は避ける事。それは櫻江のさじ加減に任せる」



「うーん……」



俺の提案に、櫻江が迷う素振りを見せる。

俺は最後に、もう一押しすることにした。



「話しかけるタイミングがあれば、俺の方からも行くから……」


「わかった!翔太くんを困らせたりしないから、安心して?」



俺に話しかけてもらうのが、そんなに嬉しいか……。

果たして櫻江が教室で1人になるタイミングなどあるのか、俺は少し不安になった。




あとは、残り少ない夏休みについて話した。

毎日来たがる櫻江を抑えて、あと2,3日は両親がいない平日に料理を振る舞ってもらうことになった。










櫻江とはそれから約束通り夏休み中に数回会ったが、まだ櫻江の感情が極端すぎて、俺が櫻江に抱く感情が恋愛感情なのかイマイチ分からない。

けれど、櫻江と過ごす時間を楽しく思っているのは間違いなかった。






そうして長かった夏休みは終わり、新学期がはじまる。

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