第15話「語られる」

「いっつぅ……」



朝起きて、頭痛に顔を歪める。

それほど酷い痛みではなかったが、朝一から鬱陶しくてしょうがない。




(今日、だからだろうな……。)



櫻江に話したいことがあるからと伝え、家に来てもらうことになっている。


話そうと思っているのは俺のトラウマの事で、櫻江もそれはわかっているだろう。





『いつでもいいよ?あっ、なんなら今からでも大丈夫!』


『今日は色々あったし、櫻江も疲れただろ。俺もだし、遅くなるから日は改めよう』


『じゃあ、……明日?』


『……予定とかないのか?』


『お母さんが親戚の人が来るって言ってたけど、大丈夫』


『それ、大丈夫なやつじゃないだろ……。櫻江には高木達に事情の説明もしてもらわないといけないから、それが済んでからでいいぞ』


『今から行ってくる!』


『待て待て!俺にも心の準備くらいさせろ!』




その時の事を思い出して、勝手に笑みが浮かぶ。



結局、櫻江はあの2人と予定を合わせる事が難しく、俺もお盆には予定があったので結構な日にちが開いてしまった。

その間、たまに櫻江のメッセージに返信する事で、数分だろうと会いたがる櫻江を何とか今日まで抑えることが出来たのだが……。



メッセージでは櫻江が高木達に報告を終えた事も含まれていた。

高木はひたすら反省した様子だったが、小林の方は無表情で何を考えているのかわからないとの事だ。

とりあえず櫻江の『絶対にもう翔太くんには近づかせないから、安心して』という言葉を信用するしかない。





そう振り返っていると、スマホがメッセージの受信を告げる。



『おはよう、翔太くん。今日はよろしくね!やっと翔太くんに会えるの、すごく楽しみだよ。』



(まだ6時だぞ……)



約束はお昼を食べてからの13時頃。

早くも待ちきれない様子がありありと伝わってくる櫻江のメッセージに、呆れながらもまた頬が緩む。



『おはよう。前も言ったけど、危ないからすぐ出たりするなよ。』



俺はそう返信してから、少し悩んで一言付け足した。




『今日は、よろしく頼む。』












11時過ぎ、櫻江を出迎える準備をしているとインターホンが鳴る。



『……来ちゃった』



まさかと思って出てみると、モニター越しに櫻江が誤魔化し笑いを浮かべていた。


俺はそれに溜息を漏らす。



「そんなことだろうとは思ってたよ……。今開ける」


『うん、お願いします』



どうせ待ちきれなかった、とかだろうと櫻江に顔を見せる前に少し緩んだ表情を引き締めた。







「……翔太くん、会いたかったよ」



玄関で俺の顔を見て、感動した様子で櫻江がそう言った。

その表情は、涙ぐんでさえいるように見える。



「大袈裟だろ。……ほらっ、早く入れ」


「うん!お邪魔します」



靴を丁寧に揃えて、櫻江が上がる。

いよいよだと思うと、俺は緊張した面持おももちで櫻江をこの間と同じようにリビングに招いた。








「これ、飲んどけよ」


「ありがとう」



また麦茶を出して、櫻江の向かいに座る。

櫻江はそれを美味しそうに飲んでから、言った。



「ふぅ……。早くなっちゃって、ごめんね?翔太くんに会えると思うと、どうしても待ちきれなくって」



(やっぱりか……)


俺は櫻江を白い目で見た。



「……俺のだらしない所を見ようとして、早く来たんじゃないのか?」



それに櫻江は、慌てた表情で首を振る。



「ち、違うよ!?私、翔太くんにそんなことしないもん!」



その櫻江の様子に、ふっと力が抜けた。



「……まぁ、そうだろうな。見たいとは思うかも知れないが、櫻江は狙ってそんなことしないだろ」


「あ……」



急に櫻江は大きく目を見開いて、俺を見る。



「……櫻江?」



俺が呼び掛けると、櫻江は目を細めて微笑んだ。



「……懐かしいな。翔太くんとこうやってお話出来るの、本当に嬉しい」



「……」



俺は綺麗な笑顔で微笑む櫻江に一瞬見惚れて、すぐに顔を逸らした。

それを見て、櫻江が『ふふっ……』と声を出して笑う。




和やかな空気がしばらく流れた後、櫻江は聞いてきた。



「ねぇ、翔太くん……」


「……なんだ?」



俺が再び櫻江の方を向くと、櫻江は悲しそうな笑みで顔を俯かせていた。



「……どうして私の事、遠ざけようとしたのかな?私、翔太くんに何があったのか、知りたい」



俺は櫻江の問いに答える覚悟をして、大きく息を吐き出した。



「……わかってたと思うが、今日話したかったのはその事だ。長くなるかも知れないけど、聞いてくれるか?」



櫻江は表情は変わらなかったが、顔を上げた。



「うん、翔太くんの事なら何でも聞きたい。……教えて?」



俺はそれに頷き、何から話したものかと迷いながらも口を開いた。











「上手く話せるか分からないが……。まず俺には中学の時、1番仲が良かった友達がいた。……そいつは、和田わだ 智樹ともきっていう」


「和田 智樹……」



櫻江はその名前を頭に刻むように、復唱した。



「智樹はバカだけど気のいい奴で、知り合いも多かった。……要するに愛されるバカ、だな」



俺はあの頃の智樹を思い出し、懐かしみながら笑みを浮かべた。



「対して俺は浮いてるって程でもなかったけど、智樹以外にそんなに友達って呼べる奴は居なかった。ただ昔から、1人で本を読むのは好きだったし、俺はそれを邪魔されない程度の人付き合いで満足してた」



櫻江は黙って俺を見つめながら話したを聞いている。



「そんな俺の人間関係も、2年生の頃に変化があった。……立花たちばな 莉緒りお。そいつがそのキッカケだ」



立花の名前を出した事で、俺の胸がチクリと痛む。



「立花 莉緒……」



櫻江は智樹の時と同じように、立花の名前を口にした。

しかし、智樹の時とは違って憎しみが込められたような低い声で。


俺は少し気になったが、構わず話を続ける。



「2年になってしばらくは立花との接点はなかった。俺も智樹も、立花がいたグループの事は苦手というか……、ハッキリ言うと嫌いだったからな。ただ2年の秋の文化祭で、立花と俺が実行委員になった事でそれが変わった」





『九重くん、これどうしたらいい?』


『あぁ……、それはあっちで準備してる奴らに渡してくれ。レシートは俺が貰うよ』


『わかった、ありがとう。……九重くんって、頼りになるよね』




当時を思い出し、少し胸が苦しくなった。

俺は麦茶を一口飲んで、続ける。



「文化祭が終わってからも、立花とはよく話してた。……たまに立花のグループの奴が立花の事を冷やかしてる様子だったが、あいつは気にしないでいつでも俺に話しかけるようになった」





『九重くん、ここ教えて?』


『九重くんが本を読んでる姿って、絵になるよね。なんだか素敵』



立花が俺にかけてきた言葉が、思い出される。




「……その立花って子のグループの人達は、どういう人なの?」



櫻江が不安そうに聞いて来たので、それに答える。



「男はただのクラスメイトの俺でも、いじめ紛いの事をしているのを見かけるくらい素行の悪い奴等だった。……でも、立花がいる時はそれを止めてるのも何度か見たから、あいつはあのグループの良心みたいに思ってたよ」



『その時は、な』と付け足す。



「立花はしっかりしてる印象の奴だったから、俺はその立花に頼られるのが嬉しかったんだと思う。……立花のグループの奴等に下に見られてるのはわかってたけど、立花が気にしてないようだったから、俺もその時は気にしてなかった」



俺は早くなってきた鼓動を抑えるように、努めて淡々と話した。



「3年になっても、立花とは同じクラスだった。そのくらいから、立花のグループの奴は俺にもちょっかいを掛けて来るようになった。俺はヘラヘラして適当に流してたつもりだけど、今思えばあんなにみじめな時間はなかったな……」



「翔太くん……」



櫻江が心配そうな声で俺を呼ぶ。

俺はそれに自嘲の笑みで応えて、残りの麦茶を飲み干した。



「それでも、立花はいつも通り俺に話しかけて来て、俺も立花とは普通に話してた。その頃にはもう……、俺は立花の事が、好き……になってた」



人生最大の失敗。

その時の事を思い出すと、また頭痛が引き起こされた。

それでも何とか櫻江に伝えようとしていると、櫻江が席を立って俺の隣に来て寄り添う。




「……少し休憩しよっか。ちょうどお昼時だし、簡単なものなら作るよ。」



「……そうだな。」




櫻江は俺の腕を取って、支えるようにしてソファまで歩く。

俺は1人で立てない程の痛みを感じていた訳ではなかったが、素直に櫻江の誘導に従った。



その時の櫻江の表情は、真横にいたせいでよく見えなかった。

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