第13話「糾弾と」

「九重くんに、確認すればどうかな?」



「……本気で言ってる?」



私の提案に、芹香は厳しい目線を向ける。



「紗奈はこの事については、放って置いて欲しいと思ってる。紗奈が私達を頼ってくれてるならまだしも、勝手に動くと怒らせるだけよ」


「でも……」



私は、芹香に訴えた。



紗奈だよ?白川くんからの好意にも気付かないくらい、あの子は純粋で……。私、九重くんの事よく知らないけど、だからこそやっぱり心配だよ」



私の言葉を聞いて、芹香はまた溜息を吐いた。



「……茜の気持ちは、少し私もわかるわ。紗奈が心配って所はね」


「だったら……」



『でも』と芹香は続ける。



「これは紗奈の問題。いくら私達が紗奈の友達で心配だからって、踏み込んでいい理由にならないわ」



「じゃあ、芹香はもし九重くんが悪い人で、紗奈が騙されててもいいの!?」



ムキになった私の声に、周りの人達が反応してこっちを見た。

中には、迷惑そうに顔をしかめている人もいる。




「……すみません」




私は小さく謝って、シュンとする。

芹香は呆れたように、私に言った。



「落ち着きなって。九重くんを悪い人って決めつけなくていいじゃない。それに、まだ相手が九重くんだってわかったわけでもないし……」


「……だから、それを確かめに行くんじゃない」



私は、ムキになって芹香に言い返した。

しばらく無言で、私と芹香の視線がぶつかる。



やがて、困り果てた様子で芹香が口を開いた。



「こうなったら、意地でも聞かないんだから。……私から紗奈には何も言わない。けど、知らないフリをするだけで協力もしない」


「芹香」



嬉しそうな声を出した私に、釘を刺すように芹香はまたキツい視線を向けた。



「勘違いしないで。私は、止めたわよ」


「うん、わかってる。じゃあ紗奈が戻って来たら……」



私はこの後、どうやって紗奈に気付かれずに九重くんに会いに行くかを芹香に話した。










そこからまたしばらくして、紗奈が帰って来た。

紗奈が出て行ってから、1時間以上経っている。



「……紗奈、大丈夫?」


「……うん、なんともないよ。ごめんね?遅くなって」


「……」



芹香の心配に無理に笑う紗奈は、明らかに気落ちした様子で、私の中での九重くんへの疑念は増す。



「んー、私達もそろそろ休憩しようと思ってたから、紗奈も少し休もう?」


「……うん、そうだね」



私の提案に、力なく頷く紗奈。



「九重くんには会えた?」



芹香がそう聞くと、紗奈が表情をさらに強張らせたのがわかった。



「……会えたけど、九重くんもわからなかったみたい」


「……そう」



……絶対に、何かあったんだ。



私はそう確信し、九重くんへの怒りを隠して、芹香に話した通りの行動に出る。




「……私ちょっと御手洗いに行ってくるよ。ついでに気分転換に散歩もしてこようかな」











櫻江を友人の元へと戻して、再び本を開いた。

けれども、あんなに素晴らしいと思っていた作品も、今は全く頭の中に入ってこない。

頭痛も、マシにはなったもののまだ続いている。



(ダメだな……)



俺は本を閉じて、深い溜息を吐いた。


——これで、よかったんだ。

俺には、どうしても櫻江の好意を信じられない。


だったら、一緒にいてもお互い辛いだけだろう。



どれだけ自分に言い訳しても、心に刺さったトゲは抜けない。

すでに、櫻江は俺の中でそれだけ大きな存在になっていたみたいだ。







『……やっぱり俺は、お前の気持ちには答えられない』


『……え?』


『もう取り引きだろうがなんだろうが、関係ない。迷惑だから、さっさとどっかに行ってくれ……』



俺がそう言った時の、櫻江の顔が目に焼き付いて離れない。




『……絶対に、翔太くんは私が助けるから』




去り際に櫻江が言った言葉の意味は、わからなかった。……考えたくなかった。


櫻江は、まだこんな俺を……。




「くっ……」


そう思うと、再び頭痛が襲う。



櫻江は、1人じゃない。

今のあいつは大勢の友達がいて、きっといつか俺の事などどうでもよくなる。

邪魔になるんだ……。




なんとか痛みを押し殺し、おぼつかない足取りで立ち上がる。


本を返却BOXに入れて、ともかく今日は帰って休もうと、それだけを考えるようにした。






「……もう、帰るの?」



閲覧スペースを抜けたところで、櫻江の友達と鉢合わせる。

俺はロクに顔を合わせる余裕もなく、『……あぁ』と短く返事をして歩き去ろうとした。



しかし……。




「待ってよ。それならちょうど良かった。紗奈の事で話があるから、ちょっと付き合って」




櫻江の名前が出た事で、俺はようやく顔を上げる。

この子は表情が出やすいのだろう。


その顔にハッキリと、怒りと緊張が見て取れた。




「……わかった。外に出よう。」



これだから、友達というやつは……。

俺の方も、厄介だと思う表情を隠す余裕はなかった。








櫻江達が来た時に出会った自販機まで、『あかね』と歩いた。

その側にあったベンチに2人で腰掛ける。



「それで……、まずは名前を教えてくれ」


小林こばやし あかね……。ちなみにもう1人居た子は高木たかぎ 芹香せりかだよ」



『クラスメイトなのに、知らないの?』とでも言いたそうな小林を無視して、話を進める。



「そうか。一応、俺は九重ここのえ 翔太しょうただ。……それで、小林の話ってなんだ?」



そう問い掛けると、キッと小林の目がキツくなる。



「紗奈の事って言ったでしょう?それでわからない?」



櫻江が、いくら俺がもう取り引きは関係ないと言ったとはいえ、すぐに小林達にこれまでの事を話すとは思えない。



さしずめ、戻ってきた櫻江の様子がおかしかったから、ここにいる知り合いの俺が関与しているとにらんだってところか……。



俺は頭痛で上手く働かない頭に鞭を打って、そう考えた。



「……わからないな。何が言いたい?」



俺がとぼけてやり過ごそうとするのを、小林は見逃さない。



「さっきまで紗奈と会ってたんでしょ!?ふざけないで!」



俺はそれにはすぐ反論した。



「聞きたい事をもっとハッキリさせてくれないと、こっちも答えようがない。……櫻江は確かにこっちには来たが、何もなかった」



俺の言葉に、小林は言葉を詰まらせる。

小林は自分を落ち着かせるように息を吐いた後、何かを考えてから言った。




「……紗奈は好きな人がいるって言ってた。それには心当たりない?」



櫻江なら小林達に、そこまでなら話していてもおかしくないか、と思いながら俺は答える。



「ないな。……そもそも、俺と櫻江の接点は図書委員が一緒なだけだぞ。どうやったら、そんな話になる」



「……くっ」



それに小林は、悔しそうに顔を歪めた。

思考の飛躍ひやくを指摘しても、まだ小林は続ける。



「紗奈にその相手を聞いた時、あの子は凄く怒ったの。その人に迷惑はかけないでって……。だから、もしその相手が九重くんだとしても、素直に答えるとは思ってない」



小林の中で結論は出ているような口ぶりに、俺はまた厄介だと思った。

間違っていないからこそ、余計に……。



「小林がどう思おうと勝手だが、俺と櫻江にそんな関係はない」


「じゃあなんで紗奈はあんなに苦しそうな顔をして戻って来たの!?九重くんのせいで紗奈があんな顔してたのなら……、それで九重くんがそれを隠してるなら私、許せない!」



俺は小林を睨んだ。



「……それを知って、どうするつもりなんだ?」


「……え?」



俺の返しに、なにも考えていなかった様子を見せた小林を追求する。



「どうあっても、俺を悪者にしたいみたいだからな。一応、聞いたんだ。櫻江とその想い人との関係がこじれてたとして、小林と何の関係がある?」


「だって!私は、紗奈と友達で……!」


「友達だから、なんだ?櫻江と一緒になってそいつをおとしめるのか?それとも周りに助けを求めて、そいつを迫害するか?」


「違っ……!私は、そんな……!」



俺の言葉に、慌てだす小林。

俺は攻撃をやめない。



「小林……。友達思いなのはいいが、お前が今やってることは場を引っ掻き回してるだけだぞ。」


「うぅ……っ!そんなことないっ!やっぱり九重くんが……、お前が紗奈をそそのかしたんだ!そうじゃないと、紗奈が私にあんな目を向けるはずない!」













「……なに、してるの?」



その声は、小さく震えているような声音なのに、不思議と熱くなっていた俺と小林の耳にもすんなり届いた。

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