第11話「図書館で」


「……。」



静かな本に囲まれた空間を、背表紙を見ながら歩く。



櫻江が家に来てから5日経った今日、俺は1人で図書館に来ていた。



(夏休みでも、思ったより居ない……。)



正直、もっと勉強などで利用する学生や、絵本などを見にくる親子がいる事を想像していたが、夏休みがまだ前半と言えるこの時期には利用者は少ないようだ。



それはもちろん、俺にとって好都合なのだが。



本の独特の匂いを嗅ぎ、どこか非日常的な時間の流れを感じながら、気になったタイトルを数冊手に取って閲覧席に座った。



(この間の本は、ハズレだったからな……。)



俺は基本的に本を読む前に、それの事前情報を調べたりしない。

目に入った作品で気になったモノを読むスタイルなので、書店で購入すると自然と話題のタイトルや新刊に偏る。


そのせいか、この間買った4冊の小説の半分は、個人的な好みに合わなかった。

まぁ、よくある事だし、エッセイ本が面白かったので気にしていない。




ただ、櫻江が来てから雑念を払うように本に集中したので、思ったよりその消費が早い。

所有している作品を何冊か読み返しもしたが、やはりはじめて読む作品が欲しくなり、ここに来たという訳だ。



「さて……。」



俺は机に積んだ本の1番上を手に取ってページを開くと、すぐに集中することが出来た。










「あっついね〜。」


「言わないでよ、余計に暑くなるじゃない……。」


「言わなくても、暑さは変わらないよ?」


「気分の問題よ。特に、茜みたいにダラっとされると余計に。」



芹香の苦言に、茜が『えー……。』と不満を漏らした。



「紗奈は暑くないの?」


「もちろん、暑いよ?」


「……あんまり、そんな感じに見えないけど。」



私は『そう?』と、猫背になって歩く茜に苦笑して言った。



「もう着くから、頑張りなって。」



芹香が茜を励ますが、茜は駄々をねる。



「だって、まだ夏休みは半分以上もあるんだし、宿題なんて後でいいじゃん!」


「あのねぇ……。」



暑さのせいか、ちょっとだけいつもより低い声で芹香が答える。



「茜の予定が結構詰まってるから、今の内にやる事にしたんでしょ?ちょっとくらいやっておかないと、本当に手遅れになるんだから。」



「うー、そうなんだけど……。」



茜は夏休みの後半、旅行などの予定が多いらしく、ご両親にも早めにやっておくように忠告されたらしい。


自分の都合に、私達が合わせている事はわかっているみたいで、茜はそれ以上何も言わなかった。



「もうすぐそこだから、がんばろ?」


「うぅ…紗奈ぁ。」



そうして、私達は学校の近くにある図書館に到着した。











「……んんっ。」



1冊目の小説を読み終わり、俺は軽く伸びをした。

時間を確認すると、ここに来てから大体2時間半くらい。

本一冊を読むペースとしては、妥当だろう。



(まぁまぁ良かったな……。)



読了した後の寂しさが、俺の心に訪れる。

俺は少しだけ、その余韻よいんに浸った。




(……飲み物でも買いに行くか。)



席に余裕があるので、少しの間なら本を置いとかせてもらっても大丈夫なはずだ。

俺は鞄を持ち読み終わった本を返却してから、気分転換も兼ねて自動販売機がある場所に向かった。










「あれ?しょ……九重くん?」




自販機は外の入口付近にあるので、そこで飲み物を選んでいると、聴き慣れた声が俺を読んだ。


一瞬、目を輝かせた櫻江だったが、すぐに表情を自然な微笑みに戻して俺を苗字で呼ぶ。



「……櫻江?」



俺の方も、『なんで、ここにいる?』という疑問が強くて怪訝な表情を出したが、すぐに櫻江が友人2人と一緒な事に気が付いて、なるべく取りつくろう。



「ホントだ、九重くんじゃん。宿題しに来たの?」



「いや、違うけど……。」



櫻江の横から、よく櫻江と一緒にいる子が話し掛けてくる。

確か『あかね』と呼ばれていたはずだが、苗字までは知らない。



「そうなんだ。九重くんも宿題しに来たんだったら、教えてもらおうと思ったのに……。残念。」



櫻江が本気で残念がっている様子で、そう言う。

それにもう1人の女子が反応した。



「紗奈が教えて欲しいって……。九重くん、頭いいの?」



こっちは『せりか』だったか……?


その子は俺に、というより櫻江に聞いている感じだったので、答えずに俺も櫻江に視線を向ける。



「うん、そうだよ。九重くん、1学期のテストはどっちも一桁だったもん。」



(だから、なんで知ってる!?)



この間から、俺に関する櫻江の謎の情報力に驚愕しながらも、必死に表に出ないように抑えた。



「えー!すっごいんだね!じゃあ宿題なんかもう、終わらせちゃったんだ?」



俺はテンションの高い『あかね』さんに、首を振って答える。



「まだ、全部は終わってない。」



一応、嘘のない俺の回答に、何故か櫻江が付け足した。



「あとは進路調査だけ、とかじゃないかな?」



今度は俺は、隠さず櫻江に怪しむ目を向けた。



「……なんで、知ってる?」


「ただの予想だよ。当たってた?」


「……。」



こいつは……。

楽しそうに聞き返してきた櫻江に、正解だったので何も言えず、俺は自販機のボタンを押した。



(これ以上は、『挨拶』の域を出るだろ……。)



飲み物を取り出しながらそう考えていると、櫻江もわかっているようで、それを超えるような事はしてこない。



「それじゃ、九重くん。またね。」



櫻江に続いて、他の2人も『またねー。』と軽く会釈してから図書館に入って行った。



3人を見送って俺は小さく溜息を吐き、『あの2人がいる状態で、無理にこっちには絡んでこないだろう。』と気を取り直して、買った飲み物に口をつけた。









(……あれ?紗奈ってって呼んでなかったっけ?)









まさか、こんな所で翔太くんと会えるなんて。

今日、ここで出会ったのは本当に偶然なので、私は鼻歌を歌いたいくらい上機嫌だった。


……この2人がいるから、表に出したりはしないが。



「それにしても、宿題じゃないのに図書館に来るなんて、九重くんって真面目なんだ。」



芹香が自習室の使用許可申請の用紙に記入しながら、そう言った。



「そうだねー。私には真似出来ないよ。」



茜が感心するように同意する。

真面目なのは確かに翔太くんのいい所のひとつなので、私は何も言わずに頷いていた。



(もちろん、それだけじゃないけど。優しいし、カッコいいし、可愛いし……。)




「紗奈?手、止まってるよ?」


「あっ……!」


「どこか、わからない所でもあった?」



私がつい、翔太くんのいい所に思いを馳せていると、芹香が声を掛けて私の用紙を覗いた。



私は慌てて、用紙の続きを記入する。



「な、なんでもないの。すぐ書くから、先に受付してて?」


「……そう?じゃあ茜、先に行ってようか。」


「んー。了解!」



なんとか、そんなに怪しまれることなくやり過ごし、2人が離れたところで大きく息を吐き出した。



いけない、うっかりしてた。




私はさっさと記入を終え、なんとか2人の目がない所で翔太くんに接触出来ないか、考えた。

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