第10話(閑話)「紗奈ちゃんの愉快な友達」


「会いたかったよー、紗奈ー!」


「わわっ!あ、あかね!?」


「やめなさいよ……。」



お泊まりに来た2人のお迎えに、私が玄関を開けた瞬間、小林こばやし あかねが抱きついてきた。



「だって、久しぶりに紗奈と会えたんだもん!あぁ、わたしの可愛い紗奈……。今日は一段と可愛いね。」


「あ、茜。ちょっと、苦しいよ……。」


「その辺にしときなさい。」



茜が強く抱き締めるせいで苦しくなった私を見て、高木たかぎ 芹香せりかが茜のリュックを引っ張って止める。



「お邪魔してるのに、迷惑掛けるようなことしないで。」


「……はぁい、わかりました。」



芹香に注意され、やや不服そうに返事をする茜。

茜がふざけたり調子に乗りすぎると、芹香が止める。


この2人はいつもこんな感じなので、私は久しぶりに見たやり取りに苦笑しつつ、2人を案内する。



「お母さん達は夜までいないから。荷物は私の部屋に置いてもらって、リビングで話そっか。」



「うん!早く紗奈のお部屋見たい!」

「お世話になるわね、紗奈。」


「こちらこそ。さ、あがって?」


「「お邪魔します。」」



私にとって、人生初の女子会が幕を開けた。










「それじゃ、どの教科からする?」



リビングに通した2人に飲み物を出してそう聞くと、茜が驚いたような声で言った。



「えー!?せっかく紗奈のお家に来たんだから、遊ぼうよ!」


「えぇっ?」



2人が来る理由の1つとして、『昼間は宿題やろっか』と話していたので、茜の提案に驚く。

なので確認するように芹香の方を向くと、意外にも芹香も困ったような顔をして言った。



「今日は、いいんじゃない?私も、ゆっくり紗奈と話したいし。」


「そ、そうなの……?」



芹香にまで同意されてしまった私は、余計に戸惑った。

すると、茜が私の頭を撫でて説明する。



「本当に紗奈は純粋なんだから。宿題っていうのは、会って遊ぶ為の口実みたいなもんだよ?」


「口実……。普通に遊びたいって言うのは、ダメなの?」



私が目を丸くしながらそう聞くと、2人が暖かい視線を向けてくる。



「あぁ、紗奈可愛い……。」


「はぁはぁしないで。……紗奈。こういうのは計画してる時から、たぶんやる気にならないだろうなーって思いながら誘うの。夏休みだから遊びたいけど、宿題もやらないといけないっていう後ろめたさはあって……。じゃあ一緒に宿題すればいいじゃんって思うんだけど、やっぱり会うと遊んだり話したくなっちゃって、やらないのよね。」


「へぇ、そうなんだ……。」



感心する私に、さらに2人の微笑みが深くなる。



「紗奈ってホント、人付き合いに慣れてないって感じするよねー。」


「そうね。名前で呼んでもらうのにも、時間掛かっちゃったし……。」



芹香の言葉に、茜は何か思い出したようで笑った。



「そうだ、聞いてよ紗奈。紗奈が名前で呼んでくれたのって、芹香より私の方が2,3日早かったじゃない?そしたら芹香ったらその間に、『紗奈、まだ私のこと苦手なのかな?』ってすっごく不安そうに相談してきて……。」


「ちょ、ちょっと茜!その話は紗奈にはしないでって言ったでしょ!」


「そうだっけ?ごめんごめん。」



慌てて注意する芹香に、大して悪びれずに茜が謝る。



「そうだったの?ごめんね、芹香。苦手とかじゃなくて、茜にはずっと名前で呼んでって言われてたから、それで……。」


「だ、大丈夫よ、紗奈。もう気にしてないから!」



私の謝罪に、さらに恥ずかしそうにする芹香。

この話は掘り下げ無い方がいいのかも知れない。



「でもさ、紗奈にはじめて名前で呼んでもらった時って……、ヤバかったよね。」


「……それは、わかる。」


「?」



2人が何かを共有したように、頷き合う。

『ヤバかった』ってなんだろう?


首を傾げる私に、『なんでもないの。』と2人は誤魔化すように言った。









それから、お昼には3人で冷麺を作った。

茜はほとんど見てただけだけど、私もでるくらいしかしてないので大差ない。


けど、芹香が作る錦糸卵きんしたまごはとても薄くて綺麗で、私は思わずジッと見ていてしまった。



「……紗奈、そんなに見られると緊張する。」


「えっ?ごめんね。すっごく綺麗だったから、つい……。」


「ありがと。紗奈も切ってみる?」


「いいの?教えて欲しい。」


「まぁ、ほどんど慣れなんだけど……。」



芹香に簡単に手解きを受けて、玉子を細切りにしていく。

アドバイスのおかげで、上手くできたと思う。



「……すごい、綺麗に出来てる。」



芹香の評価に、私は少し照れながら答えた。



「芹香ほどじゃないし、早さも全然……。でも、ちょっとコツはわかったかも。ありがとう。」


「こんなに綺麗なら充分よ。どういたしまして。」


「芹香の説明わかりやすいし、焼き方から聞いてればよかったなぁ。」


「簡単にだけど、教えようか?」


「……お願いできる?」


「もちろん。」



芹香に口頭で玉子の焼き方を聞いていると、茜が割り込んで来た。



「もう!2人だけでイチャイチャしすぎ!」


「ご、ごめんね?芹香がお料理するの上手だったから、つい……。」


「あっ、紗奈!麺は!?」


「あっ……!」



芹香に言われて私が慌てて鍋を確認すると、もう火は止められていた。



「私が止めといたよ!」


「あ、ありがとう。茜。」



ホッとして力が抜けた私に、茜は得意げに言う。



「全く、紗奈には私がいないとダメなんだから。」


「調子に乗らないの。茜の方がよっぽど紗奈に助けられてるでしょ。」


「そんな事ないと思うけど?」



茜が芹香を挑発するように言うと、芹香は笑顔でやり返した。



「……じゃあ、『宿題手伝って!』なんて言って来ても、私も紗奈も手伝わないからね。」


「すみませんでした!」



2人は中学からの付き合いだと聞いているので、芹香は茜の事をよく分かっている。

掌を返して綺麗に頭を下げた茜に、私と芹香は笑った。







昼食の後、茜と芹香の昔の話を聞かせてもらったり、それぞれ夏休みをどう過ごしているのか聞いたり、これからの予定を話したりして過ごした。

——私は、ほとんど聞き役に徹したけれど。



時間はすぐに過ぎて、お母さんが帰って来て作ってくれた夜ご飯をみんなで食べ、入浴なども済まし、後は寝るだけとなった。





「紗奈のお母さん、料理上手だったね〜。」


私の部屋に敷いた布団の上で、3人で円になると茜がそう言った。



「うん。私もお母さんみたいに、上手くなりたいの。」


「紗奈なら、すぐに上達するよ。」



茜がうつ伏せに寝っ転がって、私を見上げた。



「じゃあ、紗奈の手料理は私に1番に食べさせてね?」


「また、変な事を……。」



茜の言葉に芹香が額を押さえたが、茜は言い足す。



「流石に、ご家族より先にとは思ってないよ?」


「それなら、まぁ……。」



そう言って、2人は私の反応をうかがった。



私は1番に食べて欲しい人は他に居たし、すでに振る舞ってしまったので、返答に困る。



「えっと……。」


「えっ……嫌だった?」



ショックを受けた様子の茜に、慌てて首を振る。



「ち、違うの!茜に作るのが嫌とかじゃなくて……。1番は、もう無理だから……。」



そう答えると、2人は顔を見合わせる。



「もしかして、本当に……?」

「だから言ったじゃん。絶対そうだよ。」



コソコソと小声で、何か相談している2人。

私は首を傾げたまま、2人の話し合いが終わるのを待った。



「……聞いてみる?」

「もちろん!今しかないよ!」



やがて芹香は緊張した様子で、茜は起き上がって好奇心に瞳を輝かせている感じで、私に聞いて来た。



「紗奈っ!」


「なに?」





「好きな人、いるでしょ?」





「いるよ……?」




一瞬、部屋の中がシンッと静まり返る。



その後……、



『えーーっ!?』っと茜が大きなリアクションで驚きを表し、芹香は目を見開いて両手で口を押さえた。

茜の声の大きさを注意しない所を見ると、芹香もかなり動揺しているのだろう。



(そんなに、変な事かな……?)



曲がりなりにも私も高校生だし……、と考えていると、茜も芹香も私に詰め寄って来た。



「だっ、誰!?白川くん!??」


「なんで、白川くん?」



教室でよく話しかけてくる男の子の名前が出た事に、私はさらに首を傾げた。



「いや、だって……、明らかに紗奈に気があるし……。」



「そうなの?知らなかったし、違うけど……。」



確かに、連絡先を聞かれたりとか、2人で遊びに〜的な事を言われたっけ。

あんまり、覚えてないんだけど。



私の反応に、2人は愕然とした様子で固まった。



「じゃ、じゃあ……、誰なの?」



珍しく取り乱している芹香の質問に、私は顎に人差し指を当てて悩んだ。



「う〜ん……、私は別にいいんだけど、その人が嫌がるだろうから教えられないかな。」


「えっ、どういう事……?」


「ごめんね?これ以上、言えないの。」



私が両手を合わせて謝ると、茜が私の両肩に手を置いて顔を近づけた。



「いや!夜は長いんだから、吐いてもらうよ?大丈夫、絶対に他の人には教えたりしないから!」


「……これだけは、ダメかな。」



テンションの上がった茜は、私の言葉を聞き流してしまう。



「じゃあヒントから!同い年?……紗奈は部活もやってないし、年上とはあんまり接点ないよね?あっ、でも学外じゃわからないか。」


「ちょ、ちょっと、茜……!」



芹香が先に、私の異変に気付いて茜を止める。

けれど、茜はそれでも話を続けようとした。



「いいじゃん、芹香も気になるでしょ?……こんなに可愛い紗奈を虜にするプレイボーイが誰なのか……。」



私は、茜の言った『プレイボーイ』というのが彼を『遊び人』とバカにしている感じがして、カッと頭に血が昇ったのがわかった。



「……茜。」


「痛っ……!」



私の肩に置かれていた茜の腕の片方を両手でガッと掴むと、茜が痛みに顔を歪める。




私は構わず、茜を睨みつけて忠告した。





「……ダメって、言ったよね?彼に迷惑を掛けたりバカにするなら……、絶対に許さないから。」






「ひっ……!」




茜が、短い悲鳴を上げて震え出す。


固まって様子を見ていた芹香が、しばらくしてハッと動き出した。



「ほ、ほらっ!今回は全部、茜が悪いよ!早く謝りなって!」



そう言われて、茜はようやく気が付いたように私に必死な顔で謝り出す。



「ご、ごめんね?紗奈。私、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃって……。も、もう絶対に無理に聞いたりしないし、その人に迷惑掛けたりしないから、許して……?」



「……。」



私は落ち着く為に大きく息を吐き出してから、茜に言った。



「もう、ダメだよ?」


「う、うん!ごめんね?ほんと、ごめん……。」



茜はシュンとしてしまい、場に重い空気が流れる。



そんな中、芹香が私に質問した。



「ひとつだけ、聞いていい?答えられなかったら、別にいいから……。」



「うん、なに?」



私の返事は、もういつも通りのそれだった。

芹香はちょっと躊躇いがちに、聞いてくる。



「紗奈って、入学してから変わったよね?……それって、その人の為?」



たぶん、芹香は私を心配してくれてるんだろうな、と思った。


……的外れだけど。



「ううん。その人のおかげで変われた、かな。」


「……そう。」


私はちょっと誇らしげに、そう言った。



それから芹香も茜も、もうその事には触れなかったので、また学校の事とかの話をしている内にちょっとずつ元のように話すようになった。



 

私はこれから、少し茜は警戒しておかないと、と心の中で決めて……。

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