第7話「どうなってんだ」


「……お前の待ち合わせの相手は、こいつか?」



震える声で、智樹にそう聞いた。



——俺が最も会いたくなかった人物と、智樹は待ち合わせをしていたのか?



その疑問に智樹が答える前に、それは寄って来て俺に言う。



「良かった、もう会えないかと思ってたから……。私、ずっと九重くんに謝りたかった。」



俺は、これの感情が理解出来ない。



「……謝りたかった?」


「そう。……あんなことになって、ごめんなさい!でも私は、本当に知らなかったの……。」




知らなかった……?何を言ってるんだ、コイツは。

俺はそれを、得体の知れないものを見る目で見る。



あんなことがあって、仮にもその原因は間違いなくコイツだ。

例えば、コイツ自身は望んで関わったのではないとしても、本当に悪いと思っているなら二度と俺に近づかないことが1番のつぐないだと、何故わからない?


俺はそのまま、それを伝える。



「……本気でそう思ってるなら、二度と顔見せるな。」



「っ!九重くん……。」


「まっ、待ってくれよ。翔太!」



辛そうに顔を歪めたそれをかばうように、智樹が間に入る。


俺は自分の頭の中がごちゃごちゃになっているのをわずらわしく思いながら、智樹に聞いた。



「お前も、側か?」


「違うって!頼むから、落ち着いて聞いてくれ!」



何を聞けというのだろう。

俺が避けたい奴と仲良くなった昔の友人、ただそれだけだろうに。



莉緒りおは本当に、あの事を後悔してるんだ。だから今は、あいつらのグループからも抜けてる。そんで翔太と仲が良かった俺の所にも謝りに来て、仲直りを手伝って欲しいって頼まれたんだ。」



一息にそう言った智樹を見る。

『それだけか?』という意味を込めた、冷たい瞳で……。


智樹はそれに怯んだように息を呑み、吐き出してから続けた。



「……やっと俺も翔太と会えて、俺の事は許してくれただろ?ただ、莉緒に会わせるのは俺が誤解を解いてからにしたかったんだが……。くそっ!上手くいかねぇな……。」



どうやら今日、俺を会わせるつもりは無かったらしく、自分の不運に忌々しそうに悪態を吐く智樹。



一通り聞いてわかったのは、要はこいつに籠絡ろうらくされた智樹は、俺に仲直りして欲しいってことか……。





「……わかったよ。」



「翔太!」「九重くん!」



俺の言葉に、2人が明るい声を出す。



——もう、いい。何か、こいつらはズレてる。許す許さないなんて、俺にはどうでもいいのに。



大事なのは……。




「2人とも、許すさ。もう気にしてない、触れて欲しくもない。……だから俺に関わらないなら、許すよ。」


「翔太、それって……?」



一転して、呆然とした表情で智樹が俺を見る。

俺はそんな智樹に何の感情も湧かずに、ただ見返して言った。



「俺のいない所でお前らがどういう関係になってても、興味ない。……もう一回だけ言うが、許すからもう関わるな。俺がお前らに望むのは、それだけだ。」



それ以外、もう俺が言いたい事はなくて歩き出す。




気持ち悪い、早く家に帰って1人になりたい……。





そう思いながら離れようとするのを、それは俺の腕を両手で掴んで止めた。



「待って!私と和田くんはそうゆう関係じゃない!」



——また、ずいぶんとズレた事を言い出したな。



「いや、勝手にしろって……。」


「和田くんと今日会う約束してたのも、2人きりじゃなくて和田くんのグループの人達とで……。本当だよ?私は和田くんを迎えに来たけど、他のみんなは駅の方で待っててくれてる。」



何を言っているのか、全く理解出来ない。

こいつは必死になって、何を主張したいんだ?



これの言っている事が全く頭に入ってこなくて聞き流していると、おぞましい事を言い出した。




「私ね、あの時はみんなの目が怖くて言えなかったんだけど……、本当は九重くんの事……。」



「やめろよっ!」




俺は思いっきり、それの手を振り払う。

それでも、こいつは止めなかった。



「い、今更って思われるのはわかってる!でも、お願い!私、九重くんとやり直したい!」


「……っ!」



心底、気持ち悪いと思った。


なんでそんな事が言える?

これだけ関わるなと言って、なんでわからない?



唖然とした俺を悩んでいると勘違いしたのか、それは微笑みながら距離を詰めてきた。



「大丈夫、私はもう裏切らない。絶対に九重くんを傷付けたりしない。私にとって、何が大切だったのか、やっと気付いたから……。」



そっと俺の手を取ろうとしたそれにハッとして、手を引っ込めた。



「……怖がらないで?」



無理を言うな、と率直に思った。




そこで、櫻江にはこんな嫌悪は感じなかったなと、ふと思う。




「……櫻江、か。」



「櫻江?……誰、それ?」



俺が不意に出した名前に、それが反応して怪訝な表情をする。



「……お前には関係ない子だよ。」



俺には何故か、笑みが浮かんだ。



「これで最後だ。お前が智樹だろうが誰だろうが、関係を持っても俺には関係ない。興味もない。……だから、お前ももう俺に関わるな。干渉するな。俺の事なんか、忘れてくれて構わない。むしろ忘れてくれ。それが、お互いの為だろ。」



「そんなっ……!九重くん……。」



それが捨てられた犬か猫のような目で、俺を見る。

けれど、やっぱり俺には何の感情も湧かなくて……。



今度こそ俺は、振り返らずにその場を去る。





「……櫻江。」



呪詛を吐くように櫻江の名前を呼んで、歯がみするそれの事などもう頭になかった。










「はぁっ……。」



ようやく家に着いて、ベットに腰を下ろす。

疲れた……。もうこの休み中、外に出たくないくらいに。



せっかく買ってきた本を取り出したものの、今は読む気にならずにまた机の上に積んで、寝っ転がる。



(なんで、俺の周りは話を聞かない奴ばっかりなんだ……。)



正確には『言う事を聞かない』だが……。



ただ、あれに会ったのに思っていたより動揺しなかった自分に気が付き、意外に思う。



トラウマはまだ残っている。

けど、あんなにあれの事を思い出すと辛かったのに、今では本心からどうでもいいと思えた。


どちらかと言うと、智樹が変わってしまったことの方が残念に感じるくらいに……。



智樹はいい奴だった。

根本は、変わってないのかも知れない。

たぶん今までの智樹なら、俺とあいつを近づけるような事はしなかった。

それが変わったのはおそらく、俺が知らない間にあいつは智樹に近づき、智樹の中ではあいつが俺と同じくらい大事な存在になったのだろう。

……俺より大事になっていようとも、別に構わないが。



ともあれ、あれと俺をまた関わらせようとするのなら、智樹は俺にとっては距離を置きたい対象になってしまう。

それは、仕方がない。






俺が友人を失った消失感を味わいながらそんな事を考えていると、スマホが震える。

一瞬、智樹からかと思ったが、よく考えればまだブロックは外していない。

……もう外す必要も無いだろう。



のそのそとスマホを取り出して、メッセージを確認する。



『櫻江 紗奈』



そこに映し出された名前に、ふっと表情が緩んだ。



(全く、こいつは……。)



相変わらず、何でも無い事を送ってくる櫻江。

もう俺とのトークルームを、日記帳と勘違いしているのではないかとすら思えてくる。




『今日はお母さんに料理を教えてもらったの。いつか翔太くんにご飯作ってあげたいから、その時の為にお休み中にいっぱい練習しておくね。』

『翔太くんの好きな食べ物ってなにかな?』




いつもなら、これに俺が返信しないでメッセージは止まる。

ただ俺は今日、相当疲れていたらしく、なんとなく気紛きまぐれでメッセージを返した。




『唐揚げが食べたい。』




そう返信すると案の定、すぐに俺のスマホが何度も震え出す。



俺にはそれが、櫻江が満面の笑みを浮かべて話しかけて来ているように感じて、そう思うとちょっとだけ気が楽になって目を閉じた。

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