第6話「望まぬ再会」


「ふぅ……んっ!」



1人きりの部屋の中で、俺は大きく伸びをした。



(この小説、良かったな……。)



名作を読み切った後の、なんとも言えない寂しさが俺の胸に広がる。

この瞬間が来て欲しくないと思うのに、それでも本を手に取る事をやめられない。




夏休みがはじまって1週間。

俺はずっと本を読んで過ごしていた。



積んでいた本が減るたびに、同じような気持ちを味わい、それを補うためにまた別の本を手に取る。

ただ、その繰り返し……。



その生活自体を寂しいとは思わない。

高校生になって最初の夏休みにしては、味気ないと思われるだろうが、そんな事知ったことか。



俺はこの生活に満足しているし、休みを満喫しているとさえ思う。



——だから、これでいいんだ。



たとえ、櫻江からのメッセージが届き続けていたとしても、俺はこの休みで完全に彼女と離れると決めたのだから……。





ただ、この生活にも問題点がある。

俺が本を積んでいた机を見ると、そこには何も置かれていない。


そう、読んでいない本がもう無いのだ。



俺は、本は書店で買う派だ。

一度ネットで古い本を購入し、(と言っても出版されてから4,5年程度だったはずだが)日焼けしたモノが届いてからは、絶対にもうネットでは買わないと固く誓った。



その弊害というか、学校がなく友達と会うなどの外での用事がない俺は、その為だけに外出しないといけない。



(明日、見に行くか……。)



読み終わった本を読み返してもいいが、せっかくの休みで時間だけは余っている。

どうせなら、なるべく多くの作品に触れたいという欲が出た。



今日は宿題を進めることにして、俺は問題集を開いて解きはじめた。









次の日。

俺は早めの時間に家を出た。


いつも利用する書店より大きな店舗まで足を伸ばす予定で、知り合いに会う確率を極力下げる為に開店時刻に到着するのを目標にしたからだ。



(別に、外に出るのが苦痛って訳じゃないけど……。)



なにせ1週間ぶりの外出である。

照りつける日光に、帽子を被っていても立ちくらみを起こしそうになった。



(……朝から暑い。さっさと済ませよう。)




電車を使って大きな街に出る。

3フロアほどが全て書店になっているビルに到着したのは、予定通り開店時刻の少し前だった。



(人は…まだ少ないな。けど、思ったよりはいるし、みんな午前中に用事を済ませたいのか。)



開店までの数分、ビルの影で休みながらボンヤリして道行く人を観察する。


この時間は出勤中っぽい人が多く、私服の人も俺より年上が多いように見えた。

同年代の人間は、もう少し遅い時間に待ち合わせて遊びに行くのだろう。



そんなどうでもいい事を考えていると、開店時刻になったので店に入った。









(結構、買ったな……。これを読み切ったら、今度は図書館にするか。)



大型の書店というのは周っているだけで、楽しい。

さらに気になった本は手に取って、最初の方を読んでみたりしたのでかなり時間が掛かってしまった。



購入した本は計6冊。

漫画1冊に小説が4冊、あといい加減な人生観が気に入っている役者のエッセイ本を1冊。


テレビはほとんど見ないが、この人の楽しそうな生き方には憧れを抱いていた。




(なにも考えずに、ボーッと生きられたらなぁ……。)



何気に、今日買った中で1番気になっているのはこのエッセイ本だ。

1人で生きていきたい、というほど達観している訳ではないが、人付き合いの多い生活は困る。


なにせ、自分は1人でいる時間が落ち着くから……。








「翔太……?」




本を選ぶのに時間が掛かったせいで、もう昼前。

人通りは朝と変わって若者が中心。



——気を抜いていた俺は、自分を呼ぶ声につい振り返ってしまう。




「……。」


「そんな嫌そうな顔しないでくれよ……。久しぶりだな。」



苦笑を浮かべて俺に近付いて来たのはかつての友人、和田わだ 智樹ともきだった。






「いやぁ、偶然とはいえ会えて良かったぜ。お前、俺からの連絡もブロックしてるだろ?」


「……。」



智樹の質問には答え辛く、俺は黙ってどう言い訳して帰ろうかとばかり考えていた。

しかし、智樹はそんな逃げたい俺の内心を見透かしたように、ガッチリ腕を掴んでくる。



仕方なく、俺はちょっとだけ話す覚悟を決めた。



「……悪かった、逃げないから離せよ。でも、智樹ももう知ってるんだろ?……知ってる奴からの連絡は、怖かったんだよ。」


「……そっか。」



決まりが悪そうに、智樹は俺の腕を離して頭を掻く。



「確かに、俺も全部聞いたよ。……そんで、翔太に謝りたかったんだ。」


「……なにを?」



俺の問い掛けに、智樹は勢いよく頭を下げて言った。



「すまん!あの時、俺がいれば全員ぶん殴ってでも止めたのに、そのせいで翔太は……!」



本気の悔しさが、伝わって来た。

『あぁ、智樹はこういう奴だったな』と、今更ながら思い出したのだ。



こいつは、悪くない。

当時からそれは、わかっていた。

だから、智樹からの言葉にも耳を塞いだのは俺の弱さだ。


その弱さのせいで、随分こいつには迷惑を掛けたようだ。

だから……。



「……俺の方こそ、ごめん。だから、頭を上げてくれ。」


「いや!俺が悪い!許してもらう為なら、何でもする!だから……!」



俺は智樹の頭に、拳骨を落とした。

ただ、弱くコツンと当たる程度だが。



「こんな往来でやめろって言ってんだよ。バカ智樹。」


「翔太……!」



智樹は顔を上げて、泣きそうな表情で俺を見た。

……なんて顔してるんだ、バカ。



そのあと抱きついて来た智樹を、今度は本気の拳骨で抑えた。








智樹は、中学の3年間で1番仲の良かった友達だ。

素直で直情的で、そしてバカだ。



そんな智樹は学力的に俺と同じ学校には来れず、中学のある場所から1番近い高校に通っているらしい。

……俺の知る限り、そこにもよく受かったものだと思う。



俺達は飲み物を買い、適当なベンチに座って話す。



「そうか、あいつらはほとんど智樹と同じ学校か……。」


「あぁ。スクールカースト上位様達は相変わらずだぜ。」



面白くなさそうに、智樹が吐き捨てる。

智樹のルックスならそこに入っていてもおかしくないが、他人を小馬鹿にした感じの集団が気に入らないらしい。

中学に入りたての頃には、智樹のオマケで俺も誘われた覚えがある。



ただ、智樹は特定の何処かに属せずとも、逆にどこででも馴染める愛されキャラだ。

あいつらに敵視されたとしても、圧倒的に味方の方が多いはずなので、手は出されないだろう。




「……お前は、何もされてないよな?」



そうは思いつつも一応確認してみると、智樹は嬉しそうに笑った。



「やっぱり、翔太はいい奴だな。……安心しろよ。影でどう言われてるかは知らないが、何もされてねぇ。」


「そうか……。」



ホッとして視線を落とした俺に、智樹が肩を組んでくる。



「それより、翔太。お前の方はどうなんだよ?」


「どうって、なにがだよ?」


「あんなことがあったからな、彼女とは言わねえが……。ただ、面白え奴とかいないのか?」



智樹は純粋に、俺の交友関係を心配しているのだろう。

しかし、俺に答えるのに値する相手は思い浮かばない。



「……いないな。ただ、真面目な奴が多そうだし、俺には合ってる。」


「ふーん。俺みたいに、お前を見つけられる目がいい奴はいないのか……。」


「俺を掘り出し物みたいに言うなよ……。」



俺の苦言に、『上手いこと言うなぁ!』と智樹が二カッと笑う。



こんなやり取りは、久しぶりだった。

今思えば、なんで俺はコイツまで遠ざけようとしたのかわからない。

ただ、あの頃は智樹に心配されるのすら、煩わしく感じていたような気はする。


(また後で、ブロック外しとかないとな……。)





そうこうしていると、智樹のスマホが鳴った。

それに智樹は慌てた様子で、俺に断りを入れる。




「あっ!わ、悪い、翔太。ちょっと待ち合わせしてた奴からだ。」


「おぉ、じゃあ俺はもう行こうか?」


「いや、すぐ切るからちょっとだけ待っててくれ!」


「?……あぁ。」



何をそんなに慌てているのか、首を傾げながら待てと言われたので待つ。

智樹は会話を聞かれたくないのか、俺から離れて通話をはじめた。




「……まで来てるって!……そう。もう行くから……。え?来んな!来んな!来なくていい!」




(……離れてんのに声がデカすぎて聞こえてるぞ。)




何やら待ち合わせの相手が、こっちに向かっているっぽい。

俺は飲み物を飲み干してゴミ箱に入れると、忙しそうな智樹に、手で挨拶してから帰ろうとそっちに近づく。

後でメッセージを送れば、また会う機会はあるだろう。



「……は?もうそこまで来てる!?」



(じゃあな……。)



俺が智樹に近づいて手を上げると、こっちを向いた智樹がそれに気付き目を見開いて驚いた表情をする。



(?…そんなに驚かせたか?)



俺は智樹の大袈裟な反応に首を傾げながら、通り過ぎようとすると……。




「こ、九重くん……?」




智樹は俺ではなく、俺の向こう側にいた人物に驚いていたようだ。

そして俺も、その声にゆっくりとそちらを向く。




「ほ、本当に、九重くんなの?」



あたかも感動の再会かのように、瞳に涙を溜めてフラフラとゆっくり俺に近づいてくる、



俺はそれを無視して、ぎこちなく智樹の方を向き、聞いた。




「……お前の待ち合わせの相手は、こいつか?」



震える声で聞いた俺に、智樹は自らの失態を悔やむように視線を外し、額に手を当てて首を振っていた。

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