第4話「最後のはず」


あれから、櫻江とは何もなくテスト期間が終わった。

いや、櫻江からの連絡が連日届いているのを無視しているので、向こうは穏やかではないのかも知れないが……。

とりあえず、遠目に見る限りはいつもの櫻江だった。



「ねぇ、紗奈。夏休みどこか行こうよ。」


「あっ、俺も一緒に行きたい!」


「じゃあ、みんなでどっか行こうぜ。」


「いいね。どうせなら旅行しない?」



櫻江の周りは夏休みの予定決めに忙しそうで、いつにも増してテンションが高い。

俺はそれを聞きながら、『いいぞ、そのまま櫻江を落としてくれ。』と心の中で、櫻江に気がありそうな男子を応援していた。

そこまでいかなくても、休み期間の櫻江の予定を埋めてくれるだけで、俺の安寧あんねいな時間が脅かされる心配は減るし。




「うーん、私は泊まるのはちょっと厳しいかも……。みんなで行って来て?」



そんな俺の応援も虚しく、櫻江は彼等の誘いを断ってしまった。

たちまち『えーっ!』と残念がる悲鳴が広がる。


そんな中でも、この間も櫻江と一緒にいた仲の良さそうな女子は食い下がった。



「じゃあ、紗奈のお家ならどう?もちろん女子だけで、女子会しようよ。」


「うん。せっかく紗奈と仲良くなれたし、私も行きたい。」



別の女子も同意して、櫻江は少し悩む素振りを見せてから言った。



「わかった。……けどお母さん達に聞いてみないといけないから、また連絡するね。」



櫻江の返答に、湧き立つ女子を男連中は羨ましそうに見ている。

やがて日中だけでもと、あれこれ遊ぶ内容を変えながら、櫻江達女子を誘いだした。

まぁ、あのグループはタイプは違えどみんな容姿のレベルが高い。

女子だけじゃなく、男子も。



俺としては釣り合う者同士仲良くやってくれ、という気持ちで、読みかけの本に意識を集中させた。








『明日の昼休み、時間下さい。』



テストの返却も全て終わり、終業式が明後日に迫ったある日の夕方、櫻江からそう連絡が届いた。


酷く業務的な連絡なのは、少なからず怒っているからだろう。



一応、突拍子もない事を言い出さないか櫻江からの連絡には目を通していた。

けれど、既読の通知が向こうにもいっている事がわかっていながら俺は返信しなかったので、徐々に櫻江のメッセージは味気なくなり、こうなった。



それでも送ってくるのだから、意外と図太いのかも知れない。




『わかった、体育館裏に来てくれ。俺が先に教室を出るから、変更する時はまた連絡する。』



俺がメッセージを送信すると、1分もしない内に返事が届いた。



『うん!楽しみにしておくね。今度は遅れちゃイヤだよ?』

『あっ、翔太くんが先に行ってくれるんだったね。ごめんね、早とちりしちゃって。』

『でも、ワザとゆっくり出たりしないでね?私、翔太くんのお話いっぱい聞きたいから。』

『そうだ。良かったらお弁当作って行こうか?そしたら昼休みの最初から一緒に居られるし。』

『翔太くんはどんなおかずが好き?私、そんなに料理得意じゃないけど、翔太くんのためなら……。』



俺はたった1回返事をしただけで、連続でメッセージの受信を告げはじめたスマホをベットの上に放り出した。



(そんなに、俺の返信が嬉しかったのかよ……?)




櫻江はメッセージを、最初の業務連絡が嘘のように、連絡先を教えた初日以上のテンションで送って来る。

俺はもう返す必要がないと思いながらも、櫻江からのメッセージの中で『お弁当を作る』という文があった事が気になった。



『なるべく早く行くから、弁当はいらない。』



俺はスマホを拾い上げて、まだアレコレ送って来ている櫻江のメッセージは無視して、それだけ返す。



(……作ってきてから断るより、マシだからな。)



必要最低限のメッセージしか返すつもりが無かったので、それを破った言い訳を俺は自分自身に言い聞かせた。









「お待たせ、翔太くん!」



昼休み、約束通り人気ひとけのない体育館裏に櫻江はやって来た。

櫻江は少し息を乱していて、急いでやって来たのがわかる。


……実際、俺がここに着いてから5分も経っていない。



「もう少し、間を空けてもよかったんじゃないか?」



俺の小言に、櫻江は全く堪えていない様子で笑顔で答えた。



「翔太くんと会えるのに、ジッとしてられないよ。昨日の夜から楽しみだったんだから。」



そう言って、体育館の裏口の階段に座っていた俺の隣に座る櫻江。

俺はすぐ様、人1人分の距離を開けて座り直した。



そんな俺を櫻江が不満そうに覗き込む。



「……広いんだから、引っ付く必要ないだろ。」


「狭いから引っ付くんじゃない事くらい、わかってるクセに。」


「……。」



俺は分が悪いとすぐに悟って、話題を変えた。



「夏休みの予定、立ててただろ?いいのかよ。」



櫻江はそれに、再び笑みを浮かべて答える。



「翔太くん私の予定、気にしててくれたんだ。」


「……そんな事ない。」


「安心して?翔太くんが呼んでくれたら、いつでも行くから。」


「違うって言ってるだろ……。」



それでも櫻江は幸せそうに笑う。

俺は噛み合わない会話に、釈然としないまま目を逸らした。



櫻江はその隙に、俺との距離を詰める。

俺は慌てて、それを咎めた。



「櫻江、引っ付くのは無しだって約束だ……!」


「人前では、ね。ここには私達以外誰も居ないよ?」



チラッと櫻江の方を見ると、見下げる形になり白い胸元とピンクのブラが俺の目に飛び込んで来た。



「お、お前……!」



慌ててまた目を逸らすと、櫻江は楽しそうに笑った。



「やっぱり、翔太くんも男の子だね。」


「いつもは、ちゃんとしてただろ……!」



櫻江は胸ボタンを1つ外していて、さらにシャツの隙間に人差し指を入れて、広げて見せようとしてくる。



「翔太くんの前だけだし……。翔太くんなら、いいよ?」



(くそっ!お前も恥ずかしい癖に……!)



櫻江の顔も真っ赤になっている。

けれども、櫻江は余裕ぶった態度を変えそうもない。



だったら……。



俺はもう、櫻江の方には顔を向けずに立ち上がった。



「……話がないなら、もう行くぞ。昼休みに会うって約束は果たしたしな。」


「あっ……!待って、ごめんなさい!もうしないから、お願い!」



今度は櫻江が慌てて、俺を止める。

俺は大きく溜息を吐いてから、座った。



「もうちょっと離れろ。……あと、服もちゃんとしとけ。」


「……うん、わかった。」



櫻江は叱られた子供のようにシュンとしながら、俺の指示に従った。




しばらく無言で、気まずい空気が流れる。




櫻江の様子を横目で窺うとまだヘコんでいるようだったので、仕方なく俺から話しかけた。



「それで、今日は何か話があったんじゃないのか?」


「……ううん。」



櫻江は俯いたまま、首を横に振った。



「夏休みまでに、翔太くんと会いたかったの……。」


「……そうかよ。」



櫻江がそう思ってくれた事を、嬉しく思ってしまう。


(バカか、俺は……。また繰り返すつもりかよ!)


そう感じた自分を、俺は心の中でキツく叱責した。






「……聞いてもいい?」



そうしていると、櫻江は恐る恐るといった様子でそう言った。



「……なんだ?」



俺は平静を装って聞き返す。

櫻江は少し迷った様子だったが、続ける。



「……翔太くんに、何があったの?」


「……。」



何が、か……。

間違いなく櫻江は、俺のトラウマについて聞いているのだろう。

中学の頃の、あの出来事について……。



「……関係ないだろ。」



俺がそう言うと、櫻江は必死な顔で俺を見た。



「関係なくないよ!翔太くんを苦しめてる人がいるなら、私がなんとかするから!私にとっても敵だから!だから……。」



俺は聞いていられなくて、立ち上がった。



「櫻江には関係ない。……俺は櫻江に近づいて欲しくないって思ってるし、さっさと諦めて放っておいて欲しいと思ってる。」


「翔太くん……。」



泣きそうな顔で俺を見上げる櫻江を置いて、歩き出す。



「……じゃあな。夏休み中に櫻江にいい相手が見つかるか、俺に興味をなくす事を願ってるよ。」



そうすれば、櫻江と話すのはこれで最後だ。

図書当番で会っても、話すことはないだろう。




俺はそれに自分の胸が痛んでいることに気付いていながら、無理矢理気のせいだということにして振り返らなかった。










「やっぱり、ダメか……。」



翔太くんの居なくなった空間で、私はそう溢した。

あわよくば翔太くんを傷付けた奴等なんか放って置いて、私におぼれて欲しかったが、そう上手くはいかない。




——そうしたら、私が全部上書きしてあげたのに……。




私に出来る事なら何でもしてあげて、翔太くんを苦しませる事なんか全部忘れさせてあげて、翔太くんに褒めて貰って……。




私は彼に求められる妄想の途中で、ようやく思考が逸れている事に気がついた。

自分の恥ずかしい妄想に、1人で頬を赤らめる。



(過程は変わっちゃうけど、そうなって欲しいなぁ……。)




翔太くんが最後に言った言葉。

私に、翔太くん以外の恋人が出来ればいいなんて……。



「……そんなこと、ある訳ないのに。」



全く私の選択肢にない翔太くんの希望は、叶えてあげられない。

その代わり、夏休み中に翔太くんにとっての運命の相手が私だと気付いてもらわないと。


私にとって、翔太くんがそうであるように……。



その為には、やはり先に翔太くんのトラウマを何とかしないといけないみたいだ。

そうしないと、私達は先に進めない。



だったら……。



「……翔太くん、何としても私が救ってあげるからね。」



私は決意を新たにし、次の行動について考えはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る