第一話 肉じゃが定食①



「あんた、死ぬよ。二十歳までにね」


 高校二年生の夏。

 友達に連れられて行った占い屋で、私はいきなり余命宣告を受けた。

 

 ――はたちまでにしぬ。


「え」


 一瞬、告げられた文字列が理解できず、フリーズしてしまう。

 固まった私の前で、百発百中とちまたでうわさの〝がものばあば〞なるスゴ腕占い師のおば あちゃんは、黒い棒みたいな道具をジャラジャラ机の上に投げたり並べ替えたりしながら、 かんろくのあるお顔を盛大にしかめてみせた。


 「名前は ?  フーム、くすのみなと サン、と。……フム。……ああダメだねえ、何度やっても同じだねえ。あんた、呪われちまってんだ。前世から…… ?   ん ?   もっと前からか ? 」

 「ぜ、前世より前から、呪われてる…… ? 」

 「それも相当に強い呪いだ。こりゃ、アタシにゃどうしようもないね。あんたの命運、も うほとんど尽きてるよ」


 思わずおうむがえしにしたところで、いきなり人生ごと諦められた。

 なんとも……マユツバどころか、口の中がカラカラになるまで眉を湿らせても、なお怪しい話だが。すぐには笑い飛ばせない。


 なぜなら、占い結果にたいへん心当たりがあったから。


 私はいわゆる受難体質だった。それも、〝超〞や〝スペシャル〞がつくレベルの。

 やたらと事故に遭いかける。人のトラブルに巻き込まれる。不自然に物が落ちてくる。

 脳内磁石が電磁波で狂わされているとしか思えない状況で道に迷う。

 持病もないのに、いきなり体調を崩す。週三で金縛りに遭う。


 ……果ては頻繁ひんぱんに、変な夢まで見る始末。


 明らかに異常事態だが、なぜか家族は「そんなの偶然でしょ」「湊は思い込みが激しいなあ」などととりあってくれない。

 おそらく、ひやっとする瞬間は無数といえるほど多かったけれど、直接命に関わる被害が少なかったせいだろう。家族にはむしろ「湊は悪運が強い」とでも解釈されていたきら いもある。ゆえに、私も気のせいでやりすごそうと頑張っていた。

 でも、最近ますます不運の内容がひどくなってきて。とうとう見かねた友達のひとりが、「あのね……湊のそれ、もう絶対、そのテの人にお世話になるしかないやつだよ !   あたし、いろいろ調べてみたんだからね」と、引きずるようにここに連れて来てくれた。

 ちなみに彼女は、私の知る限り、最も強硬な無神論者かつ現実主義者だ。その時点でいろいろお察しである。


 巣鴨のばあばはこうも続けた。

 「生き残りたきゃ道はひとつだよ。自分の名前にまつわる土地に行きな」

 「名前にまつわる…… ?   『楠城湊』って私の名前に、ですか ? 」

 「そうだよ。その名に、一番えんの深い場所を探すんだ。おそらく、呪いを解くヒントになるような、貴重な出会いに恵まれるはずさ」

 ばあばのアドバイスは以上だ。


 占い屋の入った雑居ビルを出て、お礼を言って友達と別れてからも、私の頭は先ほどの余命宣告のことでいっぱいだった。

 じっとり汗が背ににじむのは、暑さのせいばかりではない。「たかが占いだし」で済ませようにも、どうにも引っかかる。

 ダメ押しに「アタシの言うことが信じられないなら、それでも構わないけどね。あんた、……たとえば今朝、これこれこういう目に遭ったんじゃないかい ? 」と、ばあばに示された受難ラインナップが、どんぴしゃりだったのが怖すぎた。なんであの人、私が車にかれかけた後、歩いていたところに植木鉢が落ちて来たことを知っているの。

 それにしても、名前にまつわる土地……か。

 これも思い当たるところは、ある。


 ――こう


 何を隠そう、楠城湊という私の名前は、そのむかし、神戸にいち時期住んでいたという 母がつけてくれたものだ。『神戸って、〝なん こうさん〞の呼び名で親しまれている、大きな神社があってね。みなとがわじんじゃっていうんだけど。境内の緑がきれいで、落ち着いた色合いの本殿によく映えるのよ。湊っていう字には、人やものがにぎやかに集まる水辺、って明るい意味もあるし。せっかくみょうもシャレているし、これっきゃない !   って付けちゃった』

 そんなこんなで神戸には、もとから興味があった。

 昼も夜もそれぞれ風情のある神戸港こうべこう、海を見下ろすなだらかな六甲ろっこう山系さんけい、レトロでエキゾチックな街並み。私の知るその場所は、魅力的なキーワードであふれている。

 占い自体は、ひとつの指針に過ぎないかもしれないけれど。きっかけには、なる。


「行くか、神戸……」


 とうきょうの、カンカンに熱されたアスファルト道に降りしきるせみの鳴き声を聞きながら。

誰に言うでもなく、私はぽつりとつぶやいた。

 タイムリミットまであと三年。どこにいても死にかけるなら、生き延びられる可能性を前のめりに探しながらのほうが、ずっとましだ。

 なおその直後、蟬の声のみならず鉄骨も降ってきた。人生で累計十九本目である。

 果たして、一年半後の春。

 家族を説得すべく猛勉強を重ねた私は、大学進学という最終手段をもって、とうとう神戸に足を踏み入れるその機会を得たのだ。

 やったぁ !   万歳 !   何を見よう。何をしよう。

 いやいや、学生としては、もちろん勉強が本分だけれど。四年間、楽しむぞ !  


 ……なんてのんきに浮つけたのは、もちろん受験終了ハイもあったけれど。

 二十歳までに死ぬ呪いうんぬん以上に、あの占いをきっかけにあれこれ調べまくったせいで、すっかりそのまちに魅せられていたためだった。もはや一種の神戸マニアといって も過言ではない。ほとんど行ったこともないくせに。


 こうして私は、上がりに上がったテンションのまま、一人暮らしの城を選び。

 花の大学生活、……そして呪われた受難体質を変えてくれるかもしれない希望へと自らを送り出す新幹線に、意気揚々と飛び乗ったのだった。

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