白澤さんの妖しいお料理処 四千年の想いを秘めた肉じゃが

夕鷺かのう/富士見L文庫

プロローグ


「帰しませんよ ? 」


 甘ったるいテノールで、耳もとにささやかれる。

 声の主である男の人は、吐息のかかりそうな距離にいて。おまけに、ドアを背にした私の顔の両側に彼の腕が突かれ、まるで頑丈なおりに閉じ込められているみたい。

 熱のこもったまなざしは、鮮やかなピーコックグリーン。プラチナブロンドのさらさらな髪に、透けるような白い肌。そして、彼の造作はといえば、見たこともないほど美しく整っているのだ。


 ……これ、いわゆる壁ドンってやつでは。


 いやまあ、後ろにあるのはドアだからドアドンか。ドアドンってなんか特撮の怪獣みたいな響きだな。ドアドン襲来。意味的にも割と間違ってない。

 直面したくない現実から頭が逃げ始める。



 なにせ数分前に出会ったばかりの、それも人間離れしたイケメン様に、突然ドアドンをかまされたのである。――いろんな意味であり得ない。

 だらだらと冷や汗を流す私に、彼はさらに謎の台詞せりふをくれた。


「――貴女あなたには、僕の料理を食べて行ってもらいます」


 ……ドアドンが発展して、手料理を押し売られている。

 思わず、「ハア」と口から間抜けな返事が漏れた。

 えっと。まずは状況を整理しよう。

 ここはどこ ?

 やっと来られた憧れの街、こう

 その神戸は元 もと 町 まち の、中華街の裏通りにある、小さな薬膳のお店。

 で、……どうして今、こんなわけの分からないことになっているんだっけ。

 思い返せば長くなるけど、そもそもの原因を辿 たど れば、一年以上も前だったような……。


 私はそこで正常な思考を放棄し、反省を兼ねたさらなる回想に逃げ始めたのだった。


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