第五十二時限目

「結芽っ!」




あたしの顔を見るなり、菜緒が突然飛び付いて来た。




「うわっ…!な、菜緒!?」




「さっき公園に行けなくてごめんねっ…」




あたしと同様、目を赤く腫らした菜緒の頭に桂太君がポンと手を乗せた。




「コラ、君達の話し合いは後で。……おい、さっさと来いよ」




少し冷めた口調で話す桂太君の視線の先には




わざとあたしと目が合わない様にうつ向いている拓の姿があった。



「結芽ちゃん」




桂太君が、もう片方の手を菜緒と同じ様にあたしの頭に乗せる。




「とりあえず言いたい事言ってみなよ」




「……」




「拓っ、お前も下ばっかり見てんなよっ!」



そう言い、桂太君が拓を強引にあたしの所へ連れて来た。




「拓も結芽ちゃんも本当の気持ち…まだあるんじゃないの?」




「結芽…今は意地張る時じゃないよ?」




菜緒が優しくあたしの背中を押す。



「た、拓…」




「……」




(やっぱりダメか…)




あたしがそう諦めた時。




「俺とお前って別れたんじゃなかったっけ?」




拓がうつ向いたままあたしに言った。




「……」




「俺、お前の顔見ると嫌な言葉しか浮かんでこねぇんだよ…」




「拓お前っ…」




桂太君が拓の腕を強く掴んだ。




「ってかさ…迷惑なんだよね、ほっといてくんねぇかな」




「拓っ、桂太君達はあたし達の事心配してっ…」




あたしが言い掛けた時、




「お前もさ、いつまでも俺の彼女面してんなよ」




拓が、あたしの目を真っ直ぐ見ながらそう言った。




「あ…ごめ…」




無理矢理止めていた涙がまた流れ出たその瞬間…




「てめぇっ!ふざけんなよっ!」




桂太君が拓の右足を思い切り蹴飛ばした。



「桂太辞めなっ!」




「桂太君っ…」




あたしと菜緒は、今にも拓に飛び掛かる勢いの桂太君の腕を慌てて掴んだ。




「菜緒も結芽ちゃんも放せよ」




「ダメッ!ここ学校だよ!?それでなくたって皆見てるのにっ…」



「でもっ…」




ほんの一瞬。




拓へと向けられていた桂太君の視線が菜緒へと移された時…





「…てめぇこそ熱くなってんじゃねぇよっ!!」




「拓っ…!!」




勢いよく突き出した拓の足は、無防備だった桂太君のお腹を容赦無く蹴った。




「桂太っ!!」




「桂太君っ!!」




その場にしゃがみ込み、お腹を抱えて苦しい表情をする桂太君。




「拓っ!あんた何すんのっ!?」




「最初に足出して来たのは桂太だろ」




蹲っている桂太君を抱きながら菜緒が拓を睨む。




「桂太はあんたと結芽をどうにかしてあげたくてっ…」




「どうにかって…どうにもなんねぇだろ今更っ」



「辞めろ菜緒」




痛みを堪えながらも、桂太君が小さい声で菜緒に言った。




「桂太っ…」




「結芽ちゃんもこんな情けない奴ほっとけよ」




「桂太君…」




顔を歪めながら桂太君が立ち上がった時、午後の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴った。




「菜緒、結芽ちゃん、教室に戻ろう」




菜緒とあたしの腕を掴み、中庭を歩き出す桂太君。




「あ、それから拓」




「……」




「俺、お前の事見損なったわ」




「桂太君っ」




あたしを掴む桂太君の手に、一瞬痛い程の力が入った。




「結芽ちゃん、ごめんね」




「え…」




「俺は結芽ちゃん達ならこんな壁位平気だと思ったんだ…」




桂太君が声を震わせながら大きな深呼吸をする。




「俺には、あいつの考えてる事が理解出来ない…分かってやれないんだ」




余程無理をしていたのだろう




桂太君がうつ向いた瞬間、地面に吸い込まれるかの様に一粒の涙が溢れ落ちた。




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