第十九時限目

「あたしさ、本当は1人でも産むつもりだったんだ」




「あっちゃん…」




「親にも話したんだ。でもやっぱり大反対されて…『最初から父親がいない子供なんて産んでも可哀想なだけだ』って」




「そんな事ないよっ!?だってあたしはお父さんいなくたって全然寂しくなんかないしっ!」




「…結芽のおばさんとあたしの状況は違うから…」




「でもっ…」




「あたし諦めなかったよ!?」




沢山ある砂を集め、敦子先輩は小さな山を作り出す。




「いい加減な考えかもしれないけど、赤ちゃんを産んでしまえば…赤ちゃんの顔を見ればきっと親も許してくれるって思って…それで…」




「普通の生活をしてたの?」




「…うん」






やっぱり、あたしの勘は間違ってなかった



敦子先輩は自らの手で小さな命を消したりなんかしない




守りたくて…




この世界に産まれたくて宿った小さな命をどうしても守りたくて




きっと周りが見えなくなっただけなんだ…







「どうして言ってくれなかったの?」




あたしもブランコから立ち、敦子先輩がいる砂場へと歩み寄る。




「…反対されると思った」




「しないよっ!?」




「嘘。だって結芽、昔よく『お父さんがいないからお母さんが辛い思いしてる』って愚痴ってたじゃない」




「それはっ…」




「そんなあんたに…言える訳ないじゃない…」





言い返す言葉が見つからなかった




確かにあたしは父親がいなくても不自由な思いはしてない




ひもじい思いもした事無いし、寂しい思いをした事だってない。




でも、




そんな風にあたしが思ってこれたのはお母さんが頑張ってくれたから




あたしや兄貴の為に、自分を犠牲にしても『家族』を守ってくれていたから…






「だから思ったの」




「何を!?」




「『父親』がいれば、みんな納得してくれるかもって…」




「じゃぁもしかして…」





「そう、拓に『父親』をしてもらおうと思ったの」




「この話…拓は…」




「知る訳ないじゃん、だからこんなにモメてんでしょ?」





誰からも歓迎される事なく消えた赤ちゃん




そして




自分のプライドを捨て、誰かを犠牲にしてでも我が子に未来を歩かせたいと思った敦子先輩





きっと、あたしだったらこんなに強くはなれない…




「…結芽?」




「……」





「何で結芽まで泣くのっ!!(笑)」





久しぶりに聞く敦子先輩の優しい声。





「だ、だだだだってっ…」




「え!?」




「あ、あ…ちゃ…ご…ん…ねっ…」




「何?(笑)」




「ちょっ、ちょっどだけっ…泣がぜでっ…!!」





「わっ、分かったからっ…!!」






周りは朝のウォーキングや犬の散歩をしている人達がちらほら見えてくる時間帯




そんな穏やかな公園の砂場で、あたしは人々の注目を浴びながら子供の様に泣き、そして敦子先輩はそれを少し恥ずかしそうに見ていた。



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