いしころ、ころころ

椿 千

第1話

道端にあるモノを人はどれくらい認識しているのだろうか。

空き缶や落ち葉、それこそ石ころなんてほとんど意識していないだろう。毎日同じ場所を通って毎回見ていたとしても、そんなものまで見ていないはずだ。たとえその道にお地蔵様があったって、大抵はあるな、くらいの認識でそれがどんな姿かどんな形をしていたかを詳しく言える人はいないはずだ。

玄関先にせっせと拾った石を並べている幼い弟だって、そのひとつが無くなったところで気付かないだろう。

私にとっても道端にある石ころなんてそんなものだ。それなのにそのひとつを意識するようになったのは、弟が変なことを言ったからだ。

「あのいし、まいにちあそこにあるの」

「はぁ?いし?」

「うん」

いしのかみさまなんだよきっと、なんて弟は言うが私にはただの石ころにしか見えない。そもそもなんで石の神様だなんて思ったのか。

「ただの石じゃん」

「ちがうよぉー」

弟いわく、あの石は毎日元の場所に戻ってきているのだと。だからきっと他とは違うすごい石なのだと。それで石の神様だと安易に弟は言っているのだ。

「ぼくたちをみてるんだよ」

「なにそれ、そんなわけないじゃん」

たまたま同じような石が転がっているに決まっている。

馬鹿馬鹿しい、とコンッと爪先で軽く蹴れば、石は簡単に坂道に従って転がっていく。

「あー!!」

「何ようるさいわね」

「かみさまそんなことしたらダメなんだよ!」

「知らないわよ」

大事にしないとだめ!と怒る弟を無視してころころと転がり落ちる石ころを眺めながら、私も坂をおりていく。

そうしてその石は坂の手前で止まった。それを見つめてから、ほらやっぱりただの石ころじゃんと思いながら学校への道を歩いていた。


なんでもない、ただの石よ。戻ってくるのだって、誰かが同じようにここまで蹴っているからに決まっている。


その時はそう思っていたが、次の日もその次の日もいつものように朝家を出るとあの石は昨日と同じ場所に転がっていた。それが毎日続くとさすがに気持ち悪くなってくるが、それでも石は石だ。ただの石でしかないから、不気味だなと思いながらもそれを振り払うように私はその石を思いっきり蹴飛ばした。

そうすれば、それは綺麗な弧を描いて道路へと転がり落ちていく。

ころころ、ころころ。

スピードを落として止まった石はたまたま通りかかった車にコンッと弾き飛ばされて、車道の隅に落ちた。

そして当然ながらそれ以上動く気配はなくじっとしている。


ほら、やっぱりただの石じゃん。


そう再度認識したけど、何となくその場を直ぐに離れる気がしなくて、遠目からそんな石を眺めていれば複数の声が通りの先から聞こえてきた。

その声はどんどんこっちに近づいてきて、運動部らしき男子の集団が駆け足でこっちに向かってくる。「あ」

その時に、コツンと蹴られたあの石になぁんだやっぱり誰かが蹴飛ばしたから戻ってきたんだ、と分かりほっとした。

現に坂の下まで転がっていた石ころは、私の近くまで戻ってきていたから。


・・・・・・そういえば野球部がランニングでこの辺を走るって言ってたな。


クラスメイトの言葉を思い出しながら、だから石はいつも家の近くに戻ってきていたのだろうと思った。

それが分かってしまえば、さっきまであった気持ち悪さも消え去った。

むしろ毎日戻ってくる石にお疲れ様ですとさえ思ってしまった。

毎朝家を出て、まるで挨拶するように転がる石をコンッと蹴飛ばして行く。そうすれば野球部の誰かが家の前まで同じように蹴飛ばしているようで、朝には戻ってきていた。それが少し面白くて帰る時にはわざと時間をずらして、野球部が走るのを眺めながら帰る時もあった。

そんな石ころと不思議な関係を築いていたある日、気になっていた男子に告白された。

相手は友達の知り合いで、一個上の先輩。たまたま同じ委員会で話すようになったのがきっかけで、時々廊下で会うと挨拶以外にも話をするようになって、少しずつ優しい笑顔に惹かれていった。その人は眼鏡の似合うかっこいい人だった。

「付き合ってください」

「はい!」

だからそう言われた時にすぐに頷いた。断る理由なんてなかったし、とても嬉しかったから。

それに付き合うことになった先輩は彼氏になってから更に優しくて、毎日家まで送ってくれた。

「遠回りなのにすみません」

「俺が一緒にいたいだけだから気にしないでよ」

わざわざ家から遠い私の家まで送ってくれる先輩がますます好きになったし、私も少しでも一緒にいたかったから一緒に帰れるこの時間が幸せだった。

そうなれば更に石のことは気にならなくなったし、先輩と一緒に下校するので石が戻ってくる所は見ることもなくなった。

それでも毎朝戻ってきている石に、放課後毎日ランニングしている野球部はすごいなぁと思っていた。


だけどその日はいつもと違った。

いつも私が学校へ行く時に道端にある石ころがいなかったのだ。あれ?とは思ったけど、所詮は石ころ。そんな日もあるだろうし、むしろ毎日家のそばに落ちている方が不自然だったから特に気にもかけていなかった。それよりも放課後会える先輩と何を話そうかなとか、今日の髪型おかしくないかな、可愛いって言って貰えるかなということを考える方が大事だったから。

そのせいできちんと前を見ていなかったからか、何かに蹴つまづいて、転けそうになった。

「あ、っぶな!」

足元を見れば見覚えのある石が目に入った。それは毎朝家の前に転がっているはずの、あの石ころだ。


あぁ、今日はこんなとこにあったのね。


もしかして昨日は野球部は休みだったのかな、なんて思いながら前を向いたら、知らない男子が立っていた。同じ学校の制服を着てはいたが、クラスメイトではなさそうで、一瞬誰なのかわからなかった。

「えっと・・・」

何か用?と聞く前に男子は私を見ながら低い声で呟いた。

「なんでアイツと付き合うんだよ」

「は?」

「ずっと見てたのに」

「え・・・・・・?」

「ここで、ずっと君をみていたのに」


俺の方がずっと君を見ていたのに。


私を見ていた?ずっと?

どういうことなのか、と考えたけど答えは出ない。だって私は彼の顔を見ても、名前が浮かばなかったから。そんな私の反応に相手が焦れたのか、苛立ったように告げられた。

「ここで毎日擦れ違っていただろ?!君だって俺のこと見ていてのに!!」

そう言われて、あっと息を飲んだ。

思い出した、彼をどこで見たのかを。

毎日家の前をランニングしていた野球部員の一人だって。でも私にとってはそれだけの相手でしかなく名前だって知らない。それに見ていたのは、彼ではなくて石なのだけど、彼にそれを言ったところで信じてもらえる気がしない。

何か言おうとしたけれど、ぶつぶつと呟いている彼が怖くて逃げたくて足を一歩引いたら、何かにコツンと足が当たった。

それはあの石ころで思わず視線がそちらに向いてしまったら、それが気に食わなかったのか男子は怖い顔をして私に手を伸ばしてきた。

「やめてっ!来ないで!!」

そう叫んで逃げようとしたけれど腕を捕まれ、離してくれない。

「離してよ!私はあんたのことなんて知らない!見ていないわよ!!」

勘違いなのだと叫んだけれど、男子の腕は離れない。それが怖くて、更な私は腕を振り回した。

「いい加減にして!」

なりふり構わず腕を振りほどこうと力いっぱい振り払うと名前も知らない相手は思わずと言った様子で私の腕から手を離した。


あっ、落ちる。


そう思った時には体は傾き、重力に従い坂道を転がり落ちていく。落ちる瞬間逆光になった相手の顔は見えないけれど、ころころと転がり落ちる様はまるであの石ころのようだと頭のどこか冷静な部分で思った。

「い、った・・・・・・!!」

坂の下まで転がり落ち、起き上がろうとしたけど体中の痛みにすぐに起き上がれず呻くしか出来ない。

早く、早く、ここから逃げないと。

そう思っているのに上手く動かせない体に誰か助けて、と願っていれば顔に影がかかった。

「え・・・・・・」

ノロノロと顔を上げた先には誰かの足先。それが誰か分かった瞬間体中から血の気が引いた。

「や、め・・・っ」


そうだ、あの石がころころと転がったその先は・・・・・・。


コツン、と脳裏にあの石ころを蹴飛ばす音が響いた。

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いしころ、ころころ 椿 千 @wagajyo

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