第20話 ステラ、空を飛ぶ

「ま、マズい!」


 ミランが何かに気付いたような声を上げた。


「いけない、ステラ!」


 ミランは叫び、私にぎゅっとしがみついた。

 刹那――。


「えっ、えっ!?」


 海面下から何かが浮上してくる。


「避けてください、ステラ様ぁぁぁっっっ!」


 船から声が上がった。

 すぐさま私は水流を操作し、その場を離れようとした。


『グギュルルルルッッッ!』


 気がつくと、海獣がいつの間にか私たちの足下にまで迫ってきていた。


「ちょっ! 待ってよ!」


 とっさのことで回避が間に合わない。

 私はミランと共に、浮上してきた海獣の甲羅によって弾き飛ばされた。


「い、いやぁぁぁぁぁっっっ!」


 私たちは弧を描きながら空中を飛び、そのまま真っ逆さまに墜落。

 海面に背中から叩きつけられた。


「うぎゃっ!」

「きゃっ!」


 衝撃で全身に痺れが走り、思うように動けない。


 もしかして、これってかなりピンチ?


 全身にぞわりと寒気が沸き起こる。

 すると――。


「そうら、おまえの相手はこっちだ!」


 船からみんなの声が聞こえる。


 海獣の気を惹こうしてくれているみたいだ。

 けれども、今回はダメっぽい。

 私に大きなダメージが入ったのをみて好機だと思ったんだろう、海獣は完全に狙いをこっちに絞っている様子だ。


「ミラン、大丈夫?」


 背中に走る激痛に耐えながら、私は抱えたままのミランに声をかけた。


「――あぁ、なんとか。ただ……」


 ミランはつぶやくと、海獣の甲羅をじっと見つめた。


「なに? どうしたの――」

「なぁ、ステラ。俺に考えがある。海獣に近づいてくれないか?」

「うん、わかったわ。……って、えええええっっっ!?」


 突然なにを言い出すんだ、ミランは。

 むしろ、今は海獣から離れるべきじゃ……。


 私は意図がわからず、動くに動けない。


「頼むよ、ステラ! 僕、気付いたんだ!」


 必死の形相で、ミランは私の身体を揺すぶってくる。


 どうしよう……。

 ミランの言うとおり、あいつに接近するべき?

 それとも、ここはやはり、距離を取るように動くべき?


 迷った。

 どうしたらいいのか、判断しきれない。


「いけないっ!」


 ミランの叫び声が上がった。

 私はハッとして、思考の渦から抜け出す。


 海獣が再び潜ろうと動き始めていた。

 もしまた、さっきのように海上へと弾き飛ばされでもしたら、今度こそあいつに大きな隙を作ってしまう。

 もう、迷っている時間なんかない。


「ミラン、あなたを信じるわよ!」

「まかせてくれって!」


 意を決し、私は水流を操作して海獣に急接近した。


『グギュルルル……』


 海獣は戸惑う様子を見せて、潜るのを辞めた。

 どうやら、私たちの行動に意表を突かれたみたい。


「なんとか甲羅に乗りたいんだけど、いけそうかな?」

「甲羅? なんで甲羅なんかに? ……まぁ、足下から空に向かって水流を放ってそれに乗っかれば、いけるとは思うけれど……」

「頼むっ!」

「……わかったわ。水の王者に不可能はないってところ、見せてあげる!」


 私はうなずくと、足下に向かって《水流魔法》を放った。


 プシャアアアアアアッッッ!


 水流に押され、思惑どおり私たちはトビウオのように水上へと飛び出す。


「う、うぉぉぉぉっっっ!」

「きゃあああっっっ!」


 空を飛ぶ慣れない感覚に、私たちはお互いぎゅっと抱き合いながら、悲鳴を上げた。

 ただ、目標からは決して目を離さない。

 目指すは、海獣の甲羅の上……!




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「ハァッ、ハァッ……」

「な、なんとかなったわね……」


 うまいこと海獣の甲羅の上に乗った私たちは、したたか打ち付けた腰をさすりながら、立ち上がった。


 多少滑るけれども、元々かなりの大きさの甲羅だ。転んでそのまま海面に落下、という心配はそれほどなさそう。


「で、どうするつもりなの、ミラン?」


 私が顔をのぞき込みながら尋ねると、ミランはニヤリと笑った――。

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