第21話 ステラ、海獣と根比べを始める
「《騎乗》」
「えっ?」
「僕の《騎乗》スキル、あいつに通用するかもしれない」
ミランは座り込み、海獣の甲羅に手のひらを置いた。
「つまり……、こいつ、操れそうってこと?」
ミランの天啓《騎乗》は、乗った馬がどれほどの暴れ馬であろうと、たちどころに支配下に収め、意のままに操れる能力だ。
てっきり、能力の対象は馬だけかと思っていたけれど……。
ミランの言葉の意味を考えると、そうじゃないってことなのかな。
「さっき甲羅に弾き飛ばされた時、妙な感覚が襲ってきたんだ。……で、それが馬上で《騎乗》を発揮する時に感じるものと、同種のものなんじゃないかって」
「なるほど……。試してみる価値はあるわね」
周囲を窺った。今のところ、海獣から攻撃を受ける気配はなさそうだ。
自分の甲羅めがけての攻撃は、さすがの海獣も自爆のおそれがあるからおいそれとはできないはず。
「周囲の警戒は任せて。ミラン、そっちは頼んだわ!」
「任せといてよ!」
ミランは片目をパチリとつむり、口角を上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねぇ、ミラン。もしかして、失敗?」
ミランは目を閉じながら、両手を甲羅に当てている。
あれから数分、いまだに《騎乗》が発動したような兆しは見られない。
「おかしいな……。いつもの《騎乗》発動と同じような感触は得られるんだけど、いざ僕の意識をあいつに飛ばそうとしても、途中ではじかれるんだ」
「それって、《騎乗》が効果を現していないってことじゃないの? ミランの勘違いで、能力の対象はやっぱり、馬限定……」
「違う! 《騎乗》自体は、間違いなくあいつに対して効力を及ぼしているはずなんだ。ただ、何らかの力が、僕と海獣との意識の接続の途中で、妨害をしてきているような気がするんだよ」
ミランは大きく目を見開き、私に顔を向けてブンブンと首を横に振った。
「なるほど……」
するとそのとき、足下が大きく揺れた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
私たちは滑り落とされないよう、慌てて甲羅にしがみついた。
「このまま海に潜って、私たちを振り落とそうってわけね」
海獣が潜水の前動作を始めたのが眼に入った。
別に海に潜られたところで、水流魔法で周囲の海水をはじいてしまえば溺れるような事態にもならない。
このまま甲羅の上にとどまれるだろう。
ただ、もしも海獣が狙いを船に変えて、海水面下から船の船底に向けて攻撃を始めようとしたら、ちょっと困る。
海水をはじくための水流魔法を維持したまま、さらに海獣に対して妨害攻撃のための水流魔法を展開するのは、難しそうだと思えたから。
二魔法同時展開は試した経験がない。ぶっつけ本番は、さすがに分の悪い賭けに思える。
ならば――。
「海に潜らせるわけには、いかない!」
私は海獣の首筋に向け、水流カッターを飛ばした。
直撃したカッターが海獣の皮膚を抉り、空に血しぶきが舞った。
『グギュルルルッッッ!』
海獣は不快な声を漏らしながら、首をひねって私たちに顔を向けた。
瞬間、奴の口がグワッと開き――。
「危ないっ!」
私たちに向けて、一直線に圧縮水流が飛んできた。
甲羅が多少損傷しようとも、もうかまわない、といった様子だ。
「そんなへなちょこ水流、おとなしく食らう私じゃないわ!」
目の前に水の壁を作った。
水流攻撃には、水で防御するのが一番だ。
圧縮水流は水壁に当たり、そのまま吸収されていく。
刹那、海獣は圧縮水流を放つのを辞めて、苦悶の表情を浮かべ始めた。
「あっ!?」
同時に、ミランが何かに気付いたかのような叫び声を上げた。
「どうしたの、ミラン!」
「今、ほんの少しだけど、僕の意志でヤツの行動を制御できたみたいだ!」
ミランはうれしそうに笑い、苦しむ海獣の顔を見つめている。
「どういうこと?」
「……もしかしたら、あいつと僕との大きな能力差のせいで、《騎乗》がはじかれていたのかもしれない。でも、ステラが水流カッターで攻撃したおかげで、ヤツの意志の力が弱まって――」
「ってことは、このままあいつを攻撃し続けて、弱らせればいいってこと?」
「だと思うっ!」
ミランは力強くうなずくと、目を閉じて再び甲羅に両手を添えた。
「いいわ、やってやろうじゃないの! 水の王者の力、見せるは今なんだから!」
希望が見えてきた。
私は立ち上がり、両足を踏ん張りながら、水流カッターを海獣の首へと放った。
「いいよ、ステラ! 効いてる効いてる!」
「ガンガン攻めるわよ!」
ミランの声に勇気づけられた私は、ひたすらに水流カッターをヤツに浴びせ続けた。
ミランの《騎乗》が徐々に効いてきているんだろう。反撃らしい反撃は来ない。
「このまま、私たちの支配下に入りなさいっ!」
さらに出力を高め、海獣の首へ深い傷を負わせていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私の《水流魔法》とミランの《騎乗》に対して、屈服するものかとあらがう海獣の意志力。
このつばぜり合い、最初は私たちの有利に進んでいたかのように見えた。
ところが――。
「ねぇ、まだ《騎乗》は完成しないの!」
「ダメなんだ! あとちょっとのところで、ギリギリ耐えきられている!」
ミランの《騎乗》は、どうやら圧縮水流による攻撃を妨害できる程度には、海獣の意識に干渉できている。
でも、完全に支配しきってはいないみたい。
「ってことは、原因はあれね……」
私は水流カッターを浴びせている海獣の首元を睨みつけた。
切られた端から、みるみる傷が塞がっていく海獣の分厚い皮膚。
でたらめな自己回復能力のせいで、決定的に海獣を弱らせる段階にまでは至っていなかった。
膠着状態の現状を打破するには、海獣の自己回復能力をどうにかするか、もしくはその回復力を上回るだけのダメージを与えないといけないっぽい。
「さて、どうしようかな……」
水流魔法を維持しつつ、私は必死に考えを廻らせた。
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