第19話 ステラ、従者を救う

 待っていて、ミラン。今、助けるわ!


 海に飛び込んだ私は、ミランが沈んでいったあたりまで移動して、一気に潜った。


『グギュルルルルッッッ!!!!』


 海上から、海獣の咆哮がわずかに聞こえる。

 憎き私がミランの助けに入ったことで、海獣はさらなる怒りを発露させたようだ。


 一旦凪いでいた海が、かなり荒れてきた。

 巨大な平たい前脚を使って、海面を激しく叩いているんだろう。


 絶対にあいつをミランに近づけさせたりしない!

 水の王者は、私なんだから!


 私はぎゅっと唇をかみしめ、沈むミランを追った。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ミランの姿が見えた。

 水を飲み込んでしまったようで、意識を失っている。


 いけない!

 このままじゃ溺死しちゃう!


 まだ海獣は接近してこない。

 きっと、船のみんなが海獣の気を惹こうとしてくれているんだろう。


 私もみんなも、想いは一つ。

 ミランを絶対に助ける……!


 私は周囲の水の流れを止め、一直線にミランの元へ向かった。


 うん、私の身体は本当に優秀だ。

 しっかり泳げている。


 最初、ミランの沈んでいる水深のあたりまで、水を真っ二つに割ってしまえばいいんじゃないか、なんて思ったりもした。

 そうすれば、泳ぐ必要もなくなるだろうし。


 ただ、万が一、船がその割った水壁の間に落ちたりしたら、大惨事になる。

 海が荒れて思うように操舵ができなくなった時のことを考えると、試してみようとは思えなかった。

 だから、私はひたすら泳ぐ。


 よし、あと少し!


 ミランの姿をはっきりと視界に捉えた。

 私は腕を伸ばし、力なく漂うミランの手を取った。


 あとは、このまま浮上すれば……!


 ミランの腰を右手でしっかりと抱えると、海面に向かって水流を操作した。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「ステラ様ぁぁぁっっっ!」


 海面に顔を出した途端、船からみんなの声が飛んできた。


「ミランは無事よ! みんな、援護ありがとう!」

「ちょっとした時間稼ぎしかできなくて、めんぼくねぇ」

「気にしないで! みんなのせいじゃないわ!」


 海獣の気を惹いてくれていただけでも、じゅうぶんだ。

 おかげで、こうやってあいつに邪魔をされずにミランを助け出せたんだし。


「って、いけねぇ! ステラ様、海獣が!」


 海獣はますます怒り狂い、やたらめったらに周囲へ圧縮水流を吐き出している。

 あんな攻撃、海上で直撃したらひとたまりもない。


「ミラン! 起きて!」


 船に戻ろうにも、気を失ったミランを抱えたままでは厳しい。目を覚ましてもらわないと。


「ステラ様、逃げて!」


 飛んできた声にハッとなって、私は顔を上げた。

 海獣が私たちに向かって突進してくる。


「いけないっ!」


 私はミランを抱えたまま、必死になって泳いだ。

 生身の状態なので、あまり激しい水流のアシストは受けられない。あの突進から逃げ切れるかは、微妙なところだった。

 そのとき――。


「――うっ……」

「ミラン!」


 ミランが意識を取り戻した。


「ごめんね、ミラン。ちょっとだけ自力で浮いていて!」


 ミランの腰に回していた腕を外し、私は海獣に向けて手を向けた。


「こっちに来るんじゃないわ!」


 水流を操作し、私たちと海獣との間に水の壁を作った。

 以前逃走に使ったものほどではないけれど、時間稼ぎにはなるはず。


「あれ……。僕は……」

「あなた、海に落ちて溺れていたのよ! でも、もう大丈夫」

「きみが助けてくれたのか……。ありがとう、ステラ」

「あなたは私の大切な従者、大切な幼馴染なんだから……。こんな場所で、死なせるわけにはいかないわ!」


 水壁が健在のうちに船へ戻ろうと、私は再び上手に泳げないミランの腰を抱き、泳ぎ始めた。


「ステラ様! 今、縄ばしごを降ろしますんで!」

「お願い! 時間がないから、早くね!」

「がってんでぃ!」


 これで、どうにか体勢を立て直せる。

 私は安堵し、大きく息を吐き出した。


 ところが――。

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