第18話 ステラ、海に飛び込む

「まだまだ! もっとたくさん、水流カッターをプレゼントしてあげるわ!」


 私はひたすら、海獣の首に向かって水流カッターを放ち続けた。


「よし、海の荒れも収まってきたな」

「あいつ、完全に回復へ専念って感じね。思惑どおりだわ!」


 海獣は傷を癒やすのに手一杯のようで、動きを鈍らせる。

 荒れ放題だった海も、一時的に凪いだ。


「一旦、僕はみんなの補助に回る。動けないステラに代わって、しっかりと指示を飛ばしてくるよ」

「頼んだわ。……私の、頼りになる従者さん!」

「任せとけって!」


 ミランは胸を叩き、ニッと笑う。


 そのまま私に背を向けると、甲板のあちこちで必死に作業をしているみんなの元へ、駆け寄っていった。


 あとは、私がきちんと海獣を押さえておけば、すべてがうまくいくはず。


「いい感じ……。このまま今の状況を維持できれば、絶対に《西島》まで逃げ切れる!」




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 ……失敗した。

 もしかしたら、さっきの台詞がフラグになってしまったのかもしれない。


 というのも、突如として、海獣が首を激しく動かしはじめたんだ。


「ちょっ、なんなのよ! うまくいっていたのに!」


 私は叫び、眼前の海獣を鋭く睨みつける。


「クッ! 狙いが……定まらないわ!」


 海獣は、首をあっちにふらふら、こっちにふらふらと、規則性もなく動かしている。

 私は水流カッターの狙いを外さないよう、とにかく集中した。


「ステラぁぁぁーーーー! 大丈夫かぁぁぁーーーーー!」


 海獣の動きの変化に気付いたミランが、私に向かって声をかけてきた。


「ま、まかせてよっ! ミランはミランの役目、果たして!」

「よっしゃ! 頼んだぜ!」


 今はとにかく、それぞれの役割をきっちりと全うすべき。

 せっかくの海獣を引き離すチャンス。無駄にするわけにはいかないわ。


「任せてよ! だって私は――」


 水の王者なんだから、と口にしようとした。

 そのとき――。


「えっ!?」


 海獣の口が、大きく開かれた。

 私は《水流魔法》の制御へと意識が大きく向いていて、反応が遅れる。


 瞬間、目を疑いたくなるような光景が展開された。


 頭をやたらめったらに動かしながら、海獣が私の水流カッターと同じような圧縮水流を、口から吐き出し始めたんだ。


「う、うそでしょっ! それ、私の専売特許よぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 海獣の放つ圧縮水流が、あたりの海面に当たってバシャバシャと激しい音を立てる。

 さすがに水流カッターほどの高圧力ではないみたいだけれど、じゅうぶんに脅威だ。


 このままじゃ、私たちに被害が及ぶのも、時間の問題だった。


「こうなったら、水流カッターでヤツの口元を――」


 水流の出所を塞ごうと、狙いを変えようとした、その瞬間――。

 恨めしくも、海獣の口が船に向いた。……向いてしまった。


「あぁっ! いけないっ!」


 圧縮水流がぐんっと船に向かって伸び、すさまじい音とともに船体の一部へ直撃した。


「きゃあああっ!」


 激しい揺れで私は尻餅をつき、集中が切れる。

 そのまま、維持していた水流カッターが霧散した。


「うわぁぁぁっっっ!」

「あぁっ、ミランが!」


 船首のほうから悲鳴と怒鳴り声が聞こえ、バシャンと水を叩く音がした。


「た、大変です、ステラ様ぁぁぁっ! ミランが、海に落ちましたぁぁぁっ!」




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「ミランミランミラン、ミラァァァン!」


 海面に向かって、私は叫んだ。

 必死でもがくミランの姿が見える。


 ミラン、泳げたっけ……。

 嫌な汗が、つぅっと背中を伝った。


「ステラ様、海獣が!?」


 乗組員の声に、私はハッとして顔を上げた。

 水流カッターが途切れたことで、海獣が再び動きだしていた。


 しかも、どうやら海中へ落ちたミランに、狙いを定めたみたい。

 まったく、最悪の展開……。


「ふざけるんじゃないわよっ!」


 私は即座に水流カッターを発動し直した。

 もがくミランに近づこうとし始めた海獣を、必死に押しとどめる。


 そうやすやすと、ミランの元に行かせやしないわ!


「みんな! 今のうちにミランを!」

「めんぼくねぇ、ステラ様! 海でまともに泳げるほどの泳力がある人間、いねぇんです!」


 私は内心で舌打ちした。

 でも、みんなを非難するわけにはいかない。


 だって、全員が水の乏しいバルテク領出身者。

 水泳を習う機会なんて、なかった人たちだもん。


 無茶は言えない、か……。

 それならば――。


「ロープに浮き輪は! それくらい、用意してあるでしょ!」

「それが、さっきの海獣の水流攻撃で、倉庫の一部に被害が……。浮き輪が破壊され、使い物にならないんです」


 絶望的な返事が飛んできて、私は泣きそうになった。


「う……そ……。うそ、よ……」

「……すみません」


 どうしよう……。

 彼らにはもう、対処不能な状況だ。


 ただ――。

 私は、泳げる前世の美咲の記憶がある。

 身体能力も、神様から強化してもらっている。


「私なら……」


 たぶん、私ならミランを助けられる。


「でも……。でも、私が助けに飛び込めば、今度は海獣が自由を取り戻すわ」


 海獣が暴れれば、海も荒れ、泳ぐどころじゃないかもしれない。


 水流魔法でアシストすれば、どうにかなりそうな気もするけれど……。

 でも、海獣はどうやら、落ちたミランが気になっている様子。ミランを助けようと海に飛び込んだ途端、私たちに向かって突進してくる可能性も、ないとはいえない。


 そうなれば、不利な海中で戦う羽目になる。

 さすがに勝ち目はないわ。


「かといって、今飛び込まないと、このままミランは溺れて海獣の餌食になる未来が……」


 海獣の口に咥えられたミランの姿が、ふっと脳裏に浮かんだ。

 背筋が凍る。


「イヤ……。イヤよ……。そんな結末、絶対にイヤっ!」


 水流カッターを解除し、身を乗り出して沈みゆくミランを見つめた。

 ぎゅっと両手に力を込め、船縁を掴む。


「私は……。私は、水の王者……」


 自分に言い聞かせ、心を奮い立たせる。


「ミラン! 今、助けに行くわっ! 《西島》行きだって、全員が揃ってないと、意味はない!」


 何があるかわからないと、ドレスではなく乗馬用の動きやすい服にしておいたのが奏功した。

 水流魔法でうまく水を操作すれば、このまま海に潜ってもなんとかなりそう!


 私は甲板を強く蹴り、海に飛び込んだ。


 待ってて、ミラン。

 こんなところで、あなたを死なせやしない!


 水流魔法のアシストを受けつつ、私は沈みつつあるミランの元へと、一直線に向かっていった――。

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