第17話 ステラ、海獣と激戦を繰り広げる


 ところが、海獣の力は予想以上に強かった。

 ヤツは大渦から脱すると、再び速度を増し、私たちの船を追跡し始める。


 渦から抜け出る際に海獣が発した大波で、船体が大きく揺れた。

 足下が滑って――。


「きゃっ!?」


 私は盛大に尻餅をついた。

 瞬間、発動直前だった《水流魔法》が消滅する。


「な……」


 揺れる甲板に難儀しつつも、どうにか私は立ち上がった。

 お尻をさすりながら、にっくき海獣を睨みつける。


 せっかく、みんなに《水流魔法》のかっこいいところを見せようと思ったのに。

 これまでの鬱憤を、ドカンと晴らそうとしたのに……!


「なんでなんで! なんでよぉぉぉぉぉ!!!!」


 作戦が思いどおりにいかず、私は天に向かって大声を張り上げた。


「落ち着いて! あわてないで、ステラ!」


 すると、ミランが私を後ろから抱きかかえ、声をかけてきた。


「でもっ!」

「でもじゃない! 一回足止めに失敗したぐらいで、取り乱しちゃダメだ」


 ミランの腕のぬくもりを感じる。

 おかげで、カッカとのぼせ上がっていた頭も、なんとか冷静さを取り戻せた。


「……ごめん。私が混乱してちゃ、頑張っているみんなに示しがつかないよね!」


 気を取り直し、もう一度《水流魔法》で大渦を作るべく、私は詠唱を始めた。

 今度は、前回以上の大きさで。


 でも、あまり大きくしすぎて、自船まで巻き込んじゃったら大変だ。

 調整には抜かりがないように、気をつけないと。


 揺れる甲板に踏ん張りが利かなかったけれども、ミランが私を抱き止め、支えてくれている。

 ありがとう、ミラン!


「ステラ、きみならやれる! さぁ、もう一度!」

「うんっ!」


 私は詠唱の完成した《水流魔法》を、もう一度海獣に向けて放った。

 前回以上の大渦に巻き込まれ、海獣は再び動きを遮られる。


 抜け出たはずの大渦にまた嵌まったためか、海獣は怒り狂っていた。

 ひれを激しく動かし、海面を波立たせて渦を消そうと試みている。


「させない! 今度こそ、痛い目に遭ってもらうわよ!」


 攻撃のため、新たに詠唱を始めた。

 もう一度、ヤツの首元を狙うんだ。


「……こいつを、食らいなさいっ!」


 詠唱が完成した。

 私は両手を前に突き出し、海獣の首元に向ける。


「これが、私の力! 水流カッターよ!」


 


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 超圧縮された細長い海水流が、海獣の首に向かって噴射される。

 すると――。


「切れたわ!」


 私の予測どおり、水流が触れた部分の皮膚が吹き飛んだ。


 そのまま水流を動かしていくと、徐々に皮膚深くまでカッターが食い込んでいき、切断し始める。


 金属を加工する時のような、キーンという甲高い音が響き渡る。

 まったく、あの海獣はどれだけ硬い皮膚をしているんだ……。


「すっげー!」


 私の腰をしっかりと抱きかかえながら、ミランが感嘆の声を上げている。


「さあ、このまま首をポトリと――」


 落としちゃえ。

 そう思ったんだけど、現実は甘くなかったみたい。


「ま、待って! ステラ、あれを!」

「え? って、なにそれぇぇぇぇぇっっっ!!」


 ミランの声にハッとして、切断されたはずの海獣の皮膚に視線を移す。


「信じらんない……。切れたそばから、またくっついていくぞ」

「なんてでたらめな回復力よ……。これじゃ、さすがに水流カッターでも倒しきれないわ」


 すでに最初に切った皮膚は再生し、ピタリとくっついていた。


 こいつ……。

 伊達に二百年以上も生きてはいないってこと?


 過去、海上交易ルートは非常に繁栄していた。

 当然、バルテク家だけではなく、王国あげての討伐隊も組織されたはず。


 大量の軍船に囲まれれば、さしもの海獣も、無事でいられるはずがない。

 私並みの高魔力を持ち、《万能魔法》を自在に操れる魔術師も、当時はいたはずだし。


 それにもかかわらず、この海獣は生き残り、討伐隊を撃退し続けてきた。


 いったいなぜか――。

 そんなの、これだけの回復力を見せられたら、答えは一目瞭然よ。


 無茶苦茶すぎるわ。


「どうしよう、ステラ」


 海獣の規格外っぷりを見せつけられ、ミランは戸惑ったような声を漏らす。


 確かに、相手は規格外。

 でも――。


「どうもこうも無いわ。少なくとも、水流カッターはある程度のダメージを与えられている。すぐ回復されるっていっても、その回復にだって、ヤツの生命力や魔力が使われているはずなのよ」


 自然治癒にしては、さすがにあり得ない回復速度だもん。

 絶対に魔法的ななにかを使っているはず。


「ってことは」

「そう。このまま、愚直に水流カッターをお見舞いし続けるまでよ!」


 水流カッターで攻撃をし続ける限り、ヤツは回復に専念するしかない。

 相手の動きを封じられるだけでも、この私の行動には、非常に大きな価値があるんだ。


「魔力、持つのか?」

「《水流魔法》の高効率と私の高魔力。合わされば、なんだってできるのよ!」


 私と海獣との、我慢比べ。

 でも、私は確信していた。絶対に負けないって。


 どうしてかって?

 そんなの、決まっている。


「言ったでしょ? 私は――」


 みんなに聞こえるように、私はおなかにグッと力を込め――。


「私は、水の王者なんだから!」


 声を限りに叫んだ。


 瞬間、私を抱えるミランの腕に、ぎゅっと力がこもった。


「みんな、ステラが時間を稼いでいる間に、とにかく《西島》へ! 急いで!」


 対海獣に集中している私に代わって、ミランが乗組員みんなに声をかけ始めた。


 そう、今のこの瞬間を利用して、一気に距離を稼がないと。


 さすがはミラン。

 私の意図を、しっかりとくみ取ってくれている。


「よっしゃ! このままステラ様だけに頑張ってもらうわけにもいかねぇ! いくぞ、野郎ども!」

「「「おぉーっ!!」」」


 次々と上がるみんなの昂ぶった叫び声が、私にさらなる力を与えてくれたような気がした――。




 * * * * *

【お知らせ】

序盤第1話を削除しました(「第1話 ステラ、婚約破棄される」の回)

主人公の対立関係をシンプルにするため、王太子との婚約破棄設定自体を無しにしています。それに合わせて、物語全体の描写と台詞を修正しました。

ご了承ください。

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