第15話 ステラ、海に出る決意を固める

 日を追うごとに、食糧難への恐怖はさらに大きくなっていった。

 島全体を、どんよりとした負の空気が支配し始めている。


 良くない傾向だと思った。


「みんな、すっかり弱気になっているわね」

「そりゃ、ねぇ……。食事回数を減らしたりしているけれど、それもいつまでも続けられない。常に空腹を抱えながらの開拓作業は、さすがにみんな堪えてきているよ」


 ミランは自分のお腹に手を添え、苦笑する。


 この島に流れ着いた際に、私たちは一度、海獣になすすべなく弄ばれた。

 あのときは《水流魔法》で時間を稼いで逃げ延びられたけれど、次もうまくいくとは限らないと、みんなもわかっている。


 だから、誰も彼もが、航海にちょっとした苦手意識を持っているみたいなのよね。


 私だって同じ。


 だって、二百年以上も生きている怪物よ。知能もそれなりにあるはず。

 次も同じ手に引っかかってくれるかどうかは、かなりの賭けになりそう。


 このせいで、私は《西島》行きへ、二の足を踏んでいた。

 でも――。


「さすがに、腹をくくるべき時なのかしら。……別案が浮かばない以上は、もう強行突破にかけるしかないよね」

「餓死するぐらいなら、行くべきだなぁ。たぶん、ステラが呼びかければ、みんなも同意してくれるはずだよ」

「……責任重大ね。でも、のんびり開拓のため、憧れのスローライフのためなら、今が踏ん張りどころ、か」

「まだ食料に余裕があるうちに勝負しないと、にっちもさっちもいかなくなるしね」


 いつ行動を始めるべきか……。


 それは……。

 それは、今しかないわ!


「決めた! 行こう、《西島》へ!」

「よしきた! みんなを集めてくるよ」


 ミランは再び馬に乗ると、そのまま島に散らばったみんなへ声をかけに向かっていった。


「船の操舵なんて、私一人でできるはずもない。海に漕ぎ出すにしても、まずはみんなの弱気を取り除いてあげないと、話にならないわね。私が声をかければみんな従う、みたいにミランは言うけれど、できれば彼らにもしっかりと納得してもらった上で、船出したいわ」


 そんなとき、ふと、私の脳裏に一つの考えが浮かび上がった。


「あ……」


 先日、資料室で見つけた『水流魔法の効果的な使い方』に載っていた、ある方法。


「もしかして、あれを応用すれば、あの海獣ともまともに戦えるかもしれないわ」


 私は波打ち際に移動し、少量の海水で試してみた。


「これは、ちょっとエグいわね……。でも、あのウミガメ、皮膚までが鋼鉄かと思うような堅さだったし、これくらいの威力が出ないと話にならないよね」


 試みは、私の想定どおりの効果を発揮した。

 手応えを掴めた私は、グッと拳を固める。


「そういえば、転生前にこれと似たようなものを、映像で見た気がする。それほど無茶な方法ってわけでもないのかも」


 今度は、ただ逃げ回るだけじゃない。

 私たちの攻撃がそれなりに強力だと相手に認識させられれば、いくらでも隙を突けるようになるはず。


「ある程度弱らせて冷静さを失わせられれば、後はこの前の時間稼ぎ方法で、なんとかなりそうだしね」


 うまく逃げ切って島に上陸してしまえば、もう一安心。




 集まってきたみんなに私の策を披露したところ、どうやら受け入れてもらえたみたいだ。


「おぉぉっ! やっぱり最高じゃないか、ステラは!」


 ミランからは手放しの賞賛をいただいた。

 ちょっとこそばゆい。


「倒せます……。これなら絶対、あいつを倒せますって、ご領主様!」

「腹が減ったなんて、言ってられないですぜ。どこまでもついていきますよ、ステラ様!」


 他のみんなからも、「さすが、ご領主様!」などと持ち上げられて、正直悪い気はしなかった。




 島に漂う沈滞した雰囲気は、もうすっかり霧散していた――。

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