第13話 ステラ、前領主の資料を読む

 私たちは慎重に扉を開け、地下室に入った。

 外の蒸し暑さとはうってかわり、内部はひんやりとしている。


 照明に火を付けて、驚いた。


「なに……。これ……」


 壁じゅうに本棚が置かれており、たくさんの書物が収まっている。


「資料室か何かだったのかもしれないね。ものすごい数の蔵書だよ」


 ミランは本を取り出しては、元の場所に戻している。

 私も一冊、手に取ってみた。


「読めなくは、ないわね……」


 少し昔の言葉で書かれていたので、解読にはちょっと苦労した。けれども、読めないほどではなかったのは、運が良かった。


「どうやら、ここはこの島の領主の館だったみたいね。収蔵されている本の大半は、当時の島の行政関連資料っぽいわ」


 この地下室のある建物は、島の中心にあたる位置に建っていた。

 私の予想はまず間違ってはいないはずだ。


「でもさぁ、この島が栄えていた時代の資料を読んだところで、今の僕たちにはあまり役に立たないんじゃない?」


 ミランは眉根を寄せながら、資料に目を落としている。


「確かに、ね……。いずれは、かつての交易都市の姿を取り戻したいと思っているけれど、今の私たちに必要な情報は、これじゃないわ。あの海獣がいる限り、大陸との交易なんて不可能なんだし」


 海獣をなんとかした後なら、ここの資料も活かせる。

 でも、今欲しいのは、この食糧難の解決方法。


 私は資料に興味を失い、部屋の中央に置かれた埃っぽい椅子に座り込んだ。


「きゃっ! ぷぷっ」


 埃が鼻に入り、思わずむせ込んだ。

 うぅ、あとでしっかり掃除をしておかないと……。


 私が埃と格闘していると、ミランが隣にやってきた。


「ねぇ、ステラ。これって、きみの能力に関係してるんじゃないかな?」


 一冊の本が目の前に差し出された。


「えっ? タイトルは……『水流魔法の効果的な使い方』、ですって!?」


 私はミランから本をひったくると、目を見開き、パラパラとページをめくった。

 興味深い内容が書かれており、食い入るように文章へと目を走らせる。


「ミラン、お手柄よ! すっっっごいわ、これ! 使える!」

「だろだろ? 褒めて褒めて!」


 私がうれしさのあまり本をぎゅっと抱きしめると、ミランは中腰になり、頭を撫でてもらいたそうに私へと身体を寄せてきた。


「よしよしっ。偉い偉い」


 期待に応えてあげようと、私はミランの滑らかな金髪をワシャワシャと撫でた。

 ミランは目をつむり、気持ちよさそうにしている。


 うーん、かわいい!


 子犬のようなミランの態度に、思わず頬が緩んだ。

 美咲は別に、年下の男の子が好きってわけではなかったけれど……。

 むしろ、年上好きだったけれど……。


 なんだか私、妙なものに目覚めそう。


 ……ダメよ、ダメダメ。

 そもそも、ミランは私――ステラと同い年の幼馴染。

 大切な従者なんだから。


 ミランとイチャついている場合じゃないわ。

 ……とにかく、この本はとても重要な物だと思う。


 神様に真の力を解放してもらったこの《水流魔法》、まだまだ使い方に習熟したとはいえないし。


「すごい……。やっぱりこの魔法は、水の豊富にある場所に居られさえすれば、いろいろなことができるんだ」


 どうやら、かつての領主一族に《水流魔法》の使い手がいたみたい。

 いろいろな活用法が載っていた。


 私の思い至らなかった使い方がいろいろと解説されていたので、あとでじっくりと読み込んでみようと思う。


「あーあ……。《水流魔法》はこんなに使える能力なんだって、もし実家にいる時にわかっていれば……」


 今さら言ったところでどうにもならないけれど、ちょっと悔しいな……。

 兄様たちに、言いたい放題なんてさせなかったのに。


 本を抱き直して、ぎゅっとまぶたを閉じた。




 結局、水流魔法関連以外で見つかった有用な資料は、食料や資材の調達手段に関してだけだった。

 ただ、スローライフを目指す上で、この情報は必要不可欠な物。

 というより、今一番欲しいと思っていた情報だ。


「資料によると、どうやら周辺に付属島がいくつかあるみたい。かつては、そこから食料や資材の供給を受けていたそうよ」

「つまり、この島は完全な孤島ではなく、群島になっているってわけか」


 私はうなずき、資料に挟まっていた一枚の地図を広げた。


「この島が領主館の置かれていた本島で、《北島》って呼ばれていたみたい。他に《西島》、《東島》、《南島》があるわね」


 地図上の島々を指さしながら、資料に書かれていた島の名前を確認する。

 安易なネーミングだと思った。けれども、このほうがわかりやすい。


 もしこれらの島と行き来ができれば、大陸に戻ろうなんて無茶をしなくても、みんなで生きていけるかもしれない。

 わずかばかりだけれども、希望が出てきたわ!




 絶対に生き延びてみせる。

 このまま野垂れ死んだら、実家の連中の思惑どおりよ。


 生き延びてスローライフを楽しむことが、あいつらに対する私の抵抗の第一歩なんだから……。

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