第11話 ステラ、スローライフに憧れる

「個人的にはまだもうひとつあるんだけど、これはミランには関係ないかな」


 私の心の持ちようの問題だから、あえて語る必要性はないと思った。

 でも――。


「えっ? ええええええええっ!」


 ミランが目を見開き、私に迫ってくる。


 ものすごい勢いで食いついてきた。

 変に匂わせたのは、失敗だったかもしれない……。


「待ってよ待ってよ。……僕は、ステラのなに?」

「えっと……。従者ね」

「そう、従者。ステラの専属従者だよ? 隠し事なんかしないで、なんでも教えてくれよぉぉぉっ!」


 ミランはぎゅうぎゅうと私の首元を絞めはじめた。


「うわわっ! く、苦しいよ……。わかった、わかったから!」


 私が手をあわあわと振りながら降参すると、ミランはとたんに笑みを浮かべて手を放した。


「はぁはぁ……。従者に絞め殺されるなんて、笑い話にもならないわよ」

「へへーん。ステラは僕、僕はステラ。従者なんだから、一心同体さ! 隠し事なんて、ダメだよ!」


 そういった認識はどうなんだろう……。

 疑問に思うけれど、口にしてまた首元を締められても困る。


「教えて教えて! さぁっ! さぁっ! さぁっ!」


 ミランはワクワクといった面持ちで顔を近づけてくる。


「……怒らないで聞いてよね?」


 ミランはこくこくと頷いた。


「領主の私に対する、みんなからの過剰な期待……かな」

「え? えぇぇぇぇぇっっっ!?」


 大げさに目を見開きながら、ミランは声を張り上げる。


「うそだろ、うそだろっ! だって、ステラはすごいんだ! 期待するのは当たり前――」

「何度も言うようだけど、私は領主経験のないただの子供よ。たしかに、《水流魔法》っていうインチキくさい力を持っている。身体能力も、神様からちょっぴりおまけしてもらっている」


 私は自虐気味に笑った。

 すごいすごいといわれても、それは私がすごいんじゃない。神様がすごいだけ。

 でも――。


「神様がなんだってんだよ。そんなの関係ない! 魔力はともかく、剣の腕前なんてステラの努力のたまものじゃないか。陰で人一倍頑張ってきたこと、知っているよ。あのクソ兄貴たちの暴力から逃れるために、毎日コツコツと鍛錬を続けてきたってことを」

「それだって、神様から授かった高い運動神経のおかげだし」

「違う!」


 ブンブンと頭を横に振り、ミランは否定する。


「ステラ、バルテク邸に引き取られてきた時なんて、すっごくひょろひょろだったじゃないか。神様から才能を与えられていたからって、それを活かせるところまで自分を鍛え上げたのは、ステラ自身の努力だろ! 貴族の女の子なのに、毎日毎日剣を振り続けるなんて、誰にもできるようなものじゃないよ」


 ミランはまくし立てる。


 ……こうまで、私のことを見てくれてたんだ。

 私にはもったいないくらいの従者。


 ちょっぴり、顔が熱い。


 このままミランの言葉に甘えたい。ちらりとそんな考えが脳裏をかすめる。

 でも、ダメ。


「そうは言ってもね、領主を務めたくても、私の知識不足、経験不足は明らかなのよ」

「そんなこと、ないよ! ステラ、勉強だって――」

「そんなこと、あるのよ。そりゃ、父様から将来の計画のためだと言われて、いろいろと学ばされたわ。民に愛されるような貴族になりたいって思ったし、精一杯努力もした。生い立ちから来る引け目もあったし」

「ステラ……」


 途端に、ミランは悲しそうな顔を浮かべた。


「でも、父様からの教えは、あくまで父様の計画に必要がある部分だけ。実家から追い出され、貴族の世界から追放された今、領主としての広範な知識を得る手段がないわ。だから、形だけの子爵位は持っているけれど、気持ちは平民同然なのよ」


 領主らしい領主になりたくても、そもそも、この地でそれを知りようがないんだ。


「平民って……。うーん」

「だからこそ、みんなに混じって手探りで開拓を進めていければいいかなって、私は思っているの。効率重視の貴族のやり方じゃない、私なりのやり方で。……そう、スローライフよ!」

「すろーらいふ?」


 言葉の意味がわからなかったのか、ミランはきょとんとしている。


「うん、スローライフ。みんなでのんびり、あくせくせずに開拓を進めながら、楽しく生きていけたらいいなって。そんな生活をするのに、領主がどうこう貴族がどうこうって、邪魔なだけよ。だから、貴族らしい領主としての過剰な期待は、私にとって邪魔なだけ」

「でも、ステラはやっぱり、大貴族のご令嬢であり、子爵位を持つ領主様――」


 それ以上言葉を続けさせないように、私は人差し指を立ててミランの口元に添えた。


「どうせ海獣をどうにかしなければ、他の貴族と面会するような機会もない。貴族も平民も、この島にいる限りは同じ一人の人間に過ぎないわ」


 私の主張に、ミランは不満顔のまま押し黙った。

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