第2話 ステラ、子爵になる

 どうしてこんな事態になったのかな……。

 改めて考えてみるけれど、すべての原因は、やっぱり洗礼式――。


 十二歳の準成人を迎える王国民は、すべての者がこの洗礼式を受けることになる。

 この儀式の最中に、準成人は神様から【天啓】と呼ばれる特殊な能力を授かり、以後、その特殊能力を活かした仕事に就いていくのが通例なんだけれど……。


 幸か不幸か、私は生まれつき非常に高い魔力を持っていたんだ。

 それこそ、同じ水準の魔力持ちは、過去を振り返っても両手で数えられる程度しかいなかったらしい。


 で、それほどの高魔力持ちだと、今まで例外なく、ある一つのレアな【天啓】を授かっていたんだって。


 それこそが、《万能魔法》。

 各種属性の魔法を高度に使いこなせる、非常に便利な【天啓】。


 母とともに平民暮らしをしていた私が、領主のバルテク家に引き取られることになったのも、この《万能魔法》の存在が理由だったみたい。


 ところが、洗礼式で私が授かった【天啓】は、周囲の思惑とは違う《水流魔法》と呼ばれる代物。

 洗礼の神官もその存在を知らない、正体不明の謎スキル――。


 はっきり言っちゃえば、ハズレだよね。


 結果、期待を裏切られた父様は激怒して、先ほどの執務室での暴言になったってわけ。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 二日後、再び兄様たちと共に父様の執務室に呼ばれた。


「ステラ、おまえの今後について決まった」


 父様はぎろりと私を睨む。


「おまえは今日から、子爵だ」

「「えぇっ!?」」


 兄様たちが素っ頓狂な声を上げた。


「わたくしが、子爵……ですか?」

「ちょ! ちょ、ちょっと待ってください! なんでこの平民上がりの役立たずが……しかも女が、子爵なんですか! 爵位を持つなら、年上であり、正妻の子であり、男である僕たちのほうが、よほどふさわしいはずです!」

「兄さんの言うとおりです、父さん。考え直してください!」

「まぁ、そういきり立つな。子爵といっても、訳あり子爵だ」


 父様は苦笑いを浮かべながら、兄様たちをなだめた。


「ステラに与える領地は、遙か二百年前に我が領に編入されて以来そのまま放置されている、絶海の孤島《ムルベレツ》だ」

「……絶海の、孤島?」


 聞き覚えがなかった。


「初耳です」

「代々の家長だけに引き継がれている話だからな。我が領とはいえ、事情があって島に上陸ができんのだよ」


 上の兄――エドムント兄様の疑問に、父様は地図を広げながら答える。


 私たちバルテク家のある大陸から、遙か南にぽつんと浮かぶ島。

 確かに、絶海の孤島と表現してもおかしくはないな、と思う。


 ただ、上陸不可能って、どういうことだろう。

 私は疑問に思い、父様に尋ねようとした。


「陸に上がれないのは、何か理由が――」

「周辺海域に、手出し不可能な巨大海獣が住み着いていて、付近を航行する船を根こそぎ沈めちまうのさ」


 父様は私の問いかけを遮りながら、島の周りの海を指でぐるりとなぞる。


「当時の島の領主が島を捨てて大陸に逃げ延びた際に、我が祖先がその島を形式的に編入したのだ。島の領主家が当家の寄子だった関係で、な」

「二百年もずっと放置されているのですか?」

「私の祖父の代までは、何度か上陸を試みたらしい。しかし、すべて失敗。なので、島の領主の爵位である子爵位は、長い間有名無実と化していたのだが……」


 父様は地図から手を放すと、いやな笑みを浮かべながら私の顔を指さした。


「そこでピンときたのよ。ステラの《水流魔法》なんて、いかにもそんな島の領主が持つにふさわしい【天啓】ではないかと」

「本気ですか、父様……」

「もちろん、本気だ。ステラ、ひと月以内に準備を整えろ。我が家を出て、《ムルベレツ》へ向かってもらうぞ!」


 実質的な死刑宣告だ。

 生きて島にたどり着ける保証が、限りなく低い。


「ま、待ってください! 父様はわたくしに、死ねとおっしゃるのですか!」


 言わずにはいられなかった。

 まさか、授かった【天啓】が思惑どおりのものじゃなかったって理由だけで、実の娘を死地に追いやろうとするなんて……。


 せめて……。

 せめて、この《水流魔法》がどんな力を持つのかを、もっと見極めてくれたっていいじゃない。


 一方的に私を母様から引き離しておいて、思いどおりにならないとなったら躊躇なく捨てる。

 これが、血の繋がった父親のすること?


 ……それが、貴族の論理ってものなの?


「あんまりです……」

「チッ! 無能の役立たずが、私に反論か? 貴様に発言権はない。さっさと自室へ戻って、島行きの準備を始めろっ!」


 目の前が真っ暗になり、私は身体をよろめかせる。


「私の期待を裏切った報い、その身でしかと受けてもらうぞ」


 冷たく言い放つ父様の声が、いつまでも私の脳裏で反響した。

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