第3話 ステラ、前世の記憶を取り戻す
「どうしてこうなったの……」
私は自室のベッドで、毛布にくるまりながら頭を抱えた。
父様の言葉を思い出すだけで、私の心はどうにかなりそうだった。
「どうした、ステラ?」
するとそこに、私の従者を務めている幼馴染のミランがやってきた。
「ミラン……。ねぇ、聞いてよ」
私はベッドから起き上がって、近づいてきたミランにしがみついた。
「父様ったらね、ひどいのよ! 信じられないわ! もうっ、ありえないったらありえない! ほんっとうに、ありえないんだからっ!」
「ちょっ、待って待って。落ち着いてよ。落ち着いてったら、ステラ。話は聞くから、そんなにぎゅうぎゅうと、うっ……首元を、絞めつけ、ないで……」
「あっ! ゴメンね」
気がついたら、いつの間にかミランの襟元を強く引っ張っていた。
慌てて手を放す。
「ふぅ……。仕える主人に締め殺されるのは、さすがに勘弁してもらいたいよ」
ミランは何度か咳払いをしながら、服を整え直した。
「で、どうしたのさ」
「私、この家から追い出されちゃう……」
「え?」
私の言った言葉の意味がよくわからないといった様子で、ミランは小首をかしげている。
「《万能魔法》を授かれなかった私は、用無しなんだって」
「……冗談だろう? 旦那様、あれだけステラをかわいがっていたじゃないか」
「それだって、私に利用価値があったからよ。今の私は、ただの平民上がりの妾腹の娘。しかも、授かった【天啓】はゴミ屑同然だし……。政略結婚にも使えやしない腫れものなのよ。つまり、ただの穀潰しってわけね」
こうして自分で自分のことを口にしていたら、なんだか余計に悲しくなってきた。
私の存在価値って、いったいなに?
「ははっ、バカみたい。私のこれまでの努力、なんだったんだろうね」
私はうんざりとした気持ちで、頭を横に振った。
すると――。
「そんなこと、ない!」
「ミラン……」
「そんなことないよ、ステラ! 君の努力は、無駄なんかじゃない!」
ミランは私の両肩に手を置き、真剣なまなざしで見つめてきた。
とたん、冷え切っていた心が温かくなる。
ふと、そのとき――。
「なんだろう……。前にも同じような……」
私の頭の中で、唐突に一つの映像が浮かびあがった。
見知らぬ光景だった。
やけに縦に長い奇妙な建物群の間を、金属の塊でできた珍妙な乗り物が走り回る。
正面に大きく映るのは、一人の青年の顔。
誰だろう。
青年の服の意匠も、やはり見たことのないものだ。
……見たことがない?
本当に、そう?
「うっ……」
「ステラ!?」
頭が割れるように痛い。
なんとか痛みに耐えながら、私は映像を見続けた。
「君の努力は、無駄なんかじゃないよ! もう一年積み重ねれば、絶対に花開く!」
青年は叫び、私を抱きしめた。
……私を、抱きしめた?
待って待って!
私、こんなおかしな風景の街になんて、行った記憶ないよ?
でも、確かにこの青年は、私を抱きしめた。
え? え?
何が何だか、わからない。
この映像は、いったいなに?
「あ……私……」
瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を感じた。
私は今、すべてを思い出した。
「ステラ、どうしたんだよ!」
「……ねぇ、ミラン。私、思い出しちゃったよ」
「なに、を――」
そう、私は転生者。
事故で命を落とした、十九歳の
あの映像は、医学部入試に失敗して落ち込んでいた私を励ましてくれた、憧れの先輩とのやりとりの記憶……。
先輩から力をもらった私は、一年後、先輩と同じ地方の国立大学の医学部に合格した。
応援してくれた感謝と、後輩になるのでこれからもよろしくお願いしますとの想いを、先輩に早く伝えたい。
その一心で、まだ雪の残る道を、自転車で全力疾走したんだ。
最後に残る記憶は、滑って転び道路に横たわっている私へと近づいてくる、大型バスの姿だった。
そして、私は命を失った――。
「せっかく転生したのに、なんでこんな状況なの? 前世でも無念の思いを抱えて、道半ばで死んだのに……。今世もまた、同じことの繰り返しなの?」
先輩への想いを伝えられず、子供の頃からの夢だった医師への道も閉ざされた美咲。
家のため、王国のため、少女らしい楽しみを捨ててまで努力してきたのに、無能だと蔑まれ、死刑も同然の島流しに処されようとしているステラ。
神様の気まぐれにしても、悪質すぎやしないか。
「ステ、ラ……?」
戸惑うミランのつぶやきが聞こえる。
でも、今の私は神様への怒りで一杯だった。
「ねぇ、神様! 答えてよ!」
天井に向かって、私は声を限りに叫んだ。
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