第23話 柳川トモカ⑤

 夕方。

 帰りの車中。

 行きと同じように蓮が助手席、蘭が運転席、トモカが後部座席のチャイルドシートに座っている。

 トモカは既に夢の中である。

「で、何で、制御の枷をさり気なく付けたの?」

「緋矢さんが、必ず付けるように命じたから、ほら、私、緋矢さんに雇われているでしょう。逆らえないじゃん」

 どうやら、電話を切る時に、会話が繰り広げられたようだ。

 真剣に餌を与えている内に、蘭は制御の枷を付けた。

 蓮が気付いたのは、帰る時だった。

「いいじゃん。私の運転で帰れば」

「それが嫌だから言っているんだ。大体、ガキはよく寝れるな」

「遊びまくったから疲れたのね。やっぱり可愛い」

「……怖く無いのかよ?」

「ともかく行きましょう」

 とは言ったが、急ブレーキが掛かる。

「あっ、アクセルはこっちか」

(僕、次こそ地獄行きだ。母さん、本当にごめんなさい)

 蓮は半べそかいた。



 それからしばらく、日が経ち、トモカの母親ヒナゲシが迎えに来た。

「ママ!」

 真っ先にヒナゲシの所へ向かう。

「トモカはいい子にしてましたか?」

「ええ、それはもう。動物園に行ったんですけど、これ、その時の写真です」

 蘭はヒナゲシに写真を渡す。

「ありがとう。あっ、これ、蘭さんに」

「ありがとうございます」

 クッキーを渡す。

「早く帰れよ」

 蓮が臍を曲げていた。

「蓮さんにもお土産買って来たのにいらないの? 高級チョコ」

「いる」

 ヒナゲシが渡そうとする行動より、蓮は素早く動き、お菓子を取るとそのまま書斎に籠もった。

「テン。どうしたの?」

「さあ」

 ヒナゲシは分からないふりをしたが、想像は出来た。

 蓮は書斎に籠もり、書斎にある小さな冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出し、包装紙を破り、箱を開け、キレイに並べられたチョコレートを一粒食べる。

「美味い」

 蓮の顔が綻んでいた。

「トモカにはこれを」

「僕の」

 トモカも素早く箱を開ける。

「ぷっぷだ。ママありがとう」

 木材で出来た玩具の車に喜ぶ。

 しばらく、蘭とヒナゲシは話し込んだ。

 その内退屈になったトモカがヒナゲシの腕を掴む。

「ママ。遊ぼー」

「それもいいけど、お家帰って遊ぼうか、瑠衣も待っているし」

「パパ! パパどうして、今、いないの?」

「ぷっぷで来たから、ぷっぷ取られ無いようにしてるの」

「ふうん。僕、パパに会いたい」

「ふふっ、分かったわ。ヒナゲシさん。私達はこれで、本当にありがとうございました」

 ヒナゲシが一礼する。

「いえ、トモカ君。いい子だったし、とても楽しかったです。また、何かあったら、協力します」

「本当に? また、甘えちゃうかも、トモカ。お姉ちゃんにサヨナラの挨拶して」

「お姉ちゃん。バイバーイ」

 トモカが手を振る。

「はい、バイバイ」

 蘭もトモカの目線合わせてしゃがみ、手を振る。

「お姉ちゃんの運転、楽しかったよ」

 トモカが最後に感想を言った。

 蘭は苦笑いを浮かべ、ヒナゲシの顔色を伺う。

(運転。楽しい? どんな運転したの?)

 ヒナゲシは複雑な表情をしていた。



 瑠衣が運転する車の中。

「それで、キリンさんがこーんな首が長くって、ゾウさんのお話がこーんなに長くって、それで、それで、テンが小さくって」

 トモカが笑いながら、動物園の思い出を話す。

「はははっ」

 瑠衣が笑う。

「パパの車は急に止まったり、急にゆっくりになったり、早くなったりしないの?」

「えっ?」

「お姉ちゃんの運転面白かったの。パパはやらないの?」

「はははっ、そうだな。その運転はスリリングだけど、周りに迷惑がかかるからな。あまりすると、トモカがケガするかもしれないから、出来ないよ」

 笑って断る。

「お姉ちゃんにも言っておくね」

「そうだな」

「んでね。テンは僕に意地悪ばっかすんの。テン遊んでくれないの」

「本当に意地悪だな」

「でも、テンはいざと言う時優しいから好き。パパはテンに会わなかったけど、寂しく無いの?」

「この間会ったばっかだから、今はいいや」

「そーなの? テンねお姉ちゃんの事好きだって」

「へー」

「パパもお姉ちゃんが好きだよね」

「ああ」

「ふうん。やっぱりそうなんだ」

「いや、でも1番はヒナゲシだよ」

「それも知ってるわよ」

「そうか、良かった……怒っているか?」

「いいえ、全然」

「そうか、良かった……」

「パパ。同じ事しか言って無いよ」

「そっそうだな」

「パパ。面白い!」

「そうだな……あはっあはっ」

 瑠衣の笑いが乾いている。

「そうね。パパは可笑しいね」

 ヒナゲシも笑う。

(やっぱり、少し怒ってる……はあ)

 瑠衣は戸惑っていた。



 その日の夜。

 蓮の家で蘭と蓮が食事をしていた。

「一気に寂しくなったね」

「別に」

 蓮はカツ丼を食べる。

「ねえ、蓮君。また、遊びに行こう」

「ヤダって言いたいけど、いいよ」

「ホント!」

「但し、君が2と運転しないならだけど、僕の命がいくつあっても足りないから」

「あっそう。悪かったわね」

「結局、暴力で解決させるんだね」

「五月蝿い」

「いたたたっ」

 蘭はしばらく蓮の頬を引っ張る。

(何よ。黙っていれば可愛いのに)

 蓮を見てそう思っていた。

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