第19話 柳川トモカ①

「テン、遊ぼう」

「蓮だ。嫌だ」

 いい加減ウンザリする。

 1週間これが続くと思うとテンションが下がる。

 蓮の家に、従兄弟のトモカがいた。

 トモカの父親である瑠衣が、1週間撮影で外国に行くので、何の因縁か、その子を預かる事になった。

 保育園にいる時はいいが、問題は保育園から戻った後だ。

 蘭が大学に通っているので、その時、トモカはいない。

 大学終わった後に蘭が迎えに行き、五月蝿くなるのだ。

「テン。意地悪」

「蓮君。意地悪しないの」

「名前を間違え無くなったら遊んでやる。ってか、君が構えばいいだろう。責任持って」

「今、手が離せないの。見れば分かるでしょう。今、夕食作っているんだから」

「僕は頼んでいない」

「頼んで無くても、トモカ君が食べるでしょう」

「それをここで作るなよ。君んちで作ればいいだろう」

「ここのキッチン使い勝手がいいのよ。それに、出来立てを食べさせたいでしょう」

「あっそう」

 蓮は立ち上がる。

「テン。何処に行くの?」

「蓮だ。何処でもいいだろう。便所だ」

 蓮がリビングからいなくなり、そのまま、書斎に籠もった。

「テン。遊んでくれない」

「しょうがないわね。少し待ってて、すぐに晩御飯にするから」

「うん」

「あっ、食器出してくれる?」

「うん!」

「ありがとう」

(本当にいい子じゃない。それに引き換え、蓮君ときたら…私が何とかしないと)

 蘭は使命感に駆られた。

 今日のメニューはカレーである。

「ねえ、明日3人で動物園行かない?」

「3人って誰と誰と誰だよ」

「勿論、私とトモカ君と蓮君よ」

「うん。行きたい」

 トモカは目を輝かせる。

「君、学校は?」

「明日は授業取って無いから」

「単位不足になっても、僕はもう絶対助け無いからな。第一、何度も言うが僕は幽閉の身だ」

「大丈夫よ。柳川の人が許可したら、出ていいんだって、まあ、1日以上空けちゃいけないみたいだけど、動物園なら、半日で行けるし」

「何つー緩い幽閉だな」

「そうでもしなきゃ、逆に出たがらないでしょう? 少しは抵抗してもいいけど、何もしないからつまらないんだって」

「そう、瑠衣が言ったんだな」

「うん」

「あのバカは、絶対幽閉の意味知らないだろう。そりゃ、もう。軟禁だから、まあ、こうやって、飯食ったり、外界との接点を切っていない辺りで軟禁にもなって無いか」

「そう考えると柳川の人はいい人が多いわね。初めは悪い人かと思ったけど、緋矢さんも何だかんだで優しいし」

「違うよ。お人好しが多いんだ。何処かで悪人になれないバカばっかなの」

「でも、そのお陰で遊びに行けるんだから行こう」

「断る!」

「どうして?」

「疲れる。面倒。何より、無礼なガキは嫌い」

「ガキって、従兄弟同士でしょう?」

「関係ない。僕の名前をちゃんと言えるようになるまで絶対嫌だ」

「意地悪。パパに言いつけるよ……」

「言えば? 別にあいつ怖くねーし、あんなヘタレ」

「蓮君。言い過ぎよ」

「パパは……弱く無いもん。パパはテンよりずっと強いもん。テン何か大嫌い」

 トモカはわんわん泣く。

「ほら、蓮君」

「知らねー」

「知らねーじゃないの。謝りなさいどう考えても蓮君が悪い。年上でしょう」

「そうやって甘やかすから、つけやがるんだ。僕は現実を見せてやっているんだ」

「何が現実よ。意地悪なだけじゃん。蓮君こそ子供じゃない。小さい子泣かして」

「僕はガキじゃない!」

「だったら、動物園に同伴しても罰は当たらないでしょう」

「だったら、君と2人で行けばいいだろう」

「人が多い方が楽しいじゃない」

「んな事あるか、2人で行け」

「わんわん。テンがお姉ちゃんをイジメてる」

「蓮だから、イジメて無いから、大体、こいつ何でそんなに瑠衣が好き何だ? ここまで好きにはならねーだろう」

「パパ。ヒーロー。強いヒーローなの」

「ヒーロー?」

 蘭が繰り返す。

「そーいや、昔、遊園地のヒーローショーでヒーローやったな」

 蓮が思い出す。

「ヒーローショーって、僕と握手する。あれ? 随分、手広く仕事するわね」

「あいつ、生きたドーピング男だから、運動神経が無駄にいいんだよ。んで、ケガしたヒーローの助っ人やる羽目になったんだ」

「パパ。赤だったよ」

「しかも、リーダーだったのね」

「瑠衣はものの数十分で体得し、舞台に上がったんだ」

「凄いわね」

「だから、ヒーローと錯覚しているみたいだけど、実際は母さんと嫁に頭の上がらないヘタレだ」

「違うもん」

「違わない!」

「うぇーん」

「こら、そんな強く言う事無いでしょう。トモカ君気にしなくていいからね」

「うぇーん」

 もう、何を言っても聞こえない位、大声で泣いた。

「うるせぇな」

「蓮君が言い過ぎたせいでしょう」

「ああ、悪かった悪かった」

「えーん」

 適当に言っても無駄であった。

「ああ、分かった。動物園一緒に行くから泣き止め」

「テン。いいの?」

「蓮だ。その代わりこれっきりだからな」

「うん」

 トモカが笑う。

(全く、とんでも無い事になりそうだな)

「で、どうやって何処の動物園に行くんだ?」

「うん。それだけど、せっかくだから、千葉の動物園に行こう。私の運転で」

「運転? 君、免許持ってたの?」

「失礼ね。ちゃんと持っているわよ」

「そうなんだ」

(どうにも、背筋がぞくぞくするな。嫌な予感が当たらない事を願おう)

「一時はどうなる事かと思ったけど、予定が決まって良かったわ」

 蓮の予感をよそに蘭は微笑んだ。

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