第17話 柳川瑠衣➆

 それから、数日後。

 蘭は蓮の家の鍵を開ける。

「蓮君。遊びに来たよ」

 大学を終え、蘭が遊びに来た。

「テン!」

「テン。じゃない、蓮だ」

「どうしたの?」

 リビングから蓮と子供の声がした。

 リビングに行くと、蓮と同じ顔の男の子と、2人のやり取りを笑顔で見ている女性の姿があった。

「何でもねーよ。こら、髪を引っ張るな」

 男の子が蓮の髪を強く引っ張っている。

 男の子は蓮を玩具にして遊んでいるのだ。

「初めまして。ヒナゲシです」

(キレイな人)

 女性は蘭が見とれる程の美女である。

 勿論、蘭には持っていないバストもあった。

「浅野蘭です」

「蘭さんね。トモカ自己紹介しなさい」

「はーい」

 ヒナゲシに言われ、トモカと呼ばれる男の子は初めて蘭を見る。

 そして、蘭の近くに来た。

「初めまして、蘭です」

 蘭は目線をトモカに合わせしゃがむ。

「ラン姉さん!」

 トモカはたどたどしかったが、ちゃんと、名前を呼ぶ。

「僕、トモカ」

「何才?」

「うーんと、4つ」

 指を立てる。

「そう。いい子ね」

 蘭が頭を撫でる。

 すると、トモカが笑う。

「どこがだ。僕の名前を覚えない無礼なガキだぞ」

 蓮が膨れる。

「蓮さん。そんな事言っていいの?」

「金に困って無いのに、何故、請求する!」

「ねえ、何の話しているの?」

「蓮さんに慰謝料を頂きに来たの。身体的苦痛を受けたので」

「慰謝料?」

 蘭は考える。

(慰謝料→苦痛→蓮君似の子供=離婚……)

 蘭の怒りがこみあがる。

「蓮君の不潔よ。こんなキレイな人がいるのに見捨てる何て!」

「はあ? 君は何を言っているんだ?」

「大体、蓮君まだ二十歳でしょう! 何で4才の子供がいるのよ!」

「君の考えている事がたまに恐ろしく感じるんだが、僕に子供はいない」

「じゃあ、この子は何よ!」

「こいつは」

「あははっ」

 ヒナゲシが笑う。

「ごめんなさい。少しからかいたくって、名字を隠していたの。トモカと蓮さんは従兄弟よ」

「従兄弟?」

「ええ、私は柳川ヒナゲシ。柳川の姓よ」

「柳川……って、緋矢さんの奥さんですか?」

「いいえ。緋矢お義兄様にはよくして貰っていますけど、独身です」

 緋矢は40才を過ぎていたので、それはそれで問題であった。

「じゃあ、瑠衣の!」

「パパ、カッコいい」

 トモカは瑠衣の名前を聞くと、リビングを走り回る。

「埃が舞うから止めろ!」

 それに蓮が怒る。

「そうよ」

 ヒナゲシが微笑む。

「まって、じゃあ、瑠衣は奥さん子供いるのに、独身オーラを出し、私と付き合って欲しい何て言ったの!」

「ああ、そんな事言ったの? 相変わらずね」

 ヒナゲシの顔は歪む事が無かった。

「笑い事じゃありません。下手したらこれは、不倫ですよ!」

「かもしれないけど、瑠衣が女性好きなのは、今更変えられないし、そんなあの人を好きになった私の運命だから諦めたわ。勿論、私以外の方との子を作らないのは、条件にいれたけど」

「何て懐の広い奥さんなの」

「君の懐が極端に狭いだけじゃないの?」

「蓮君は黙ってて」

「蘭さんの事も話していたわ。惚れ甲斐のある女性だと」

「何それ」

「それだけ、瑠衣の心が動いたのよ。いい事だわ」

「全く良くないから! ヒナゲシさんはどうして、そんな割り切れるのですか?」

「そうね。強いて言うなら、早くに結婚したからかしら。ほら、瑠衣ってあんな性格でしょう? 若くして結婚するとか考えて無かったと思うの。きっと。でも、トモカを身ごもって、瑠衣も責任感じているのよ。でも、お互いまだまだ若いし、恋だってしたいでしょう。特にフェミニストだと余計に。あの人自体女の子にウケがいいからモテるし、瑠衣も色々努力しているし。私もそんな瑠衣が磨いている姿を見るのが好きなのよ。だから、許せるの」

「それでも、奇特な性格には変わらないわよ」

「それが、人を本気で愛する事なのよ。だから、落ち着いた今、こうして敵にも会いに行けますし」

「そう言えば」

「君は本題に入るまでの前振りが長いんだよ。慰謝料請求以外に用件あるんだろう?」

「長いって言うな!」

「ええ、実はトモカを1週間預かって欲しいの」

「ヤダ」

 即答した。

「蓮さんはそんなに、柳川の人が嫌いなの?」

「柳川じゃない。このガキが無礼だからだ」

「テン。意地悪」

「蓮だ!」

「あら、トモカはとてもいい子よ。あの人が意識不明の時、私を守ったのですから」

「本当ですか?」

「ええ」

「パパとヤクソク。守るとパパ頭ナデナデしてくれる」

「へー。結構いいお父さんじゃん」

「それが柳川家の家訓だろ」

「あら、褒めて伸ばすのよ。分かる?」

「褒めて伸ばす前に名前を間違えないよう教育しろ」

「うーん、滑舌が悪いのよ。きっと、そう。ラ行は難しいって聞くし」

「どんなゆとり教育だ!」

「まあまあ、蓮君あまり怒らないで、私も手伝うし」

「そっちの方が心配何だけど、ああ、勝手にしろ! それで1週間は何で何だ?」

「瑠衣がドイツで撮影があるの」

「往復と撮影で1週間必要なのね」

「いいえ、撮影は1日位で終わるわ。残りは観光。慰安旅行だね」

「だったら、余計連れて行けよ!」

「そんなに怒鳴らなくても……それでも仕事だし、あの人の邪魔したくないのよ。2人で旅行もしたいし。それに、今、勝手にしろと、言ったじゃない。橘の人は約束を平気で破るの?」

「ああ、何で自分勝手何だ」

「トモカ。いい子にしているのよ。お土産沢山買って帰るから」

 ヒナゲシが頭を撫でる。

「う……うん!」

 すると、元気に返事をした。

「本当にいい子」

「それより、トモカ君は好き嫌いありますか?」

「そうね。預けるのだから、そう言う話も必要ね。この子は大体の物は好んで食べるわ。アレルギー検査もたけど、特に無いし、あまりに突飛よしの無い物だったら平気よ」

「蓮君とは大違いね」

「うるせぇ」

「これも、瑠衣の教育の賜物ね。嫌いな物は作らないと瑠衣がしっかり食べさせたから」

「へー。偉いね」

「うん。しっかり、食べないと、パパみたいになれない」

 トモカが元気よくジャンプする。

「君は僕に喧嘩売っているの?」

「まあまあ、怒らないで蓮君」

「逆に好きな食べ物は子供の好きな食べ物? 唐揚げとか、カレーとかそう言うのは好きね」

「ハンバーグとかステーキとか?」

「ええ、大好きよ。でも、そればっかはよくないけど」

「蓮君と同じね」

「君も僕に喧嘩を売っているの?」

「別に」

 蘭はすまして言う。

「君の失礼さは極刑に値する」

「テン!」

「だから、蓮だ」

 蘭を庇うようにトモカが名前を間違える。

「蘭さんお願いできますか?」

「はい」

「それじゃあ、明日、又お伺いします。トモカ帰りましょう。蘭さんに挨拶」

「うん。バイバイ」

「はい。バイバイって、いきなり明日!」

 蘭が突っ込む前に、2人は手を繋ぎ、リビングを出ていた。

「強引な奴らだから」

「まあ、いいけど、それにしてもキレイな人」

「そうか? 僕の母さんより下だよ。瓶底メガネとソバカス。どう見ても図書委員女子だったよ」

「そうなの?」

「君も見ただろう。集合写真」

「うん」

「あれは、2人の結婚前に撮った物だ。妊娠して瑠衣が腹くくって、柳川家本家に挨拶した後だよ」

 蓮が写真を見つけ、蘭に見せる。

「ねえ、前から思っていたけど、何で本に挟まっているの?」

「何? 分からないの」

「普通にしおり代わり?」

「そうだよ。他にある?」

「アルバムに入れなさい!」

「えー面倒」

「はいはい。もういいわよ。それより、本当にあれがヒナゲシさんなの?」

 蓮の言う通りの女性だった。

「そうだよ。整形はソバカスを取る位しかしてないとか」

「やっぱり、元がいいのね。羨ましい」

「羨む前に努力したら? 僕は君の伴侶を心配するよ」

「何で」

「磨きもしないで、ねだるから、君はきっとそうやって伴侶にも無理強いさせるんじゃないかって思うんだ」

「何だって!」

「そして、融通が効かないと暴力を奮う。あたたたっ」

「悪かったわね。蓮君には言われたく無いわ!」

 蘭は蓮の頬を思いっきりつねった。

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