第6話 浅野蘭①

 僕は人を殺めた……。

 大好きだった母を、唯一理解してくれた叔父も。

 その時から僕は屋敷から出る事が出来なくなった。

 別に窮屈な生活ではない。

 しかし、ある日から、生活が変わった。

 全く物好きな女だ。



 蓮の住む屋敷。

 今日も、浅野蘭が遊びに来ていた。

(全く、物好きだな)

 心に思って口には出さない。

 異能力が使えない時分、体力で勝ち目が無かったからだ。

「ねえ、蓮君」

 今日もいたたまれない、メイド服を着ていた。

 流石にもう、ふりふりのメイド服に突っ込む事もしなくなった。

 突っ込むだけで、殴られるからだ。

「何?」

「じゃあーん。パパがね。豪華客船のチケットを手に入れたの」

 蓮の目の前で、チケットを見せる。

「ふうん。で、君はそれを自慢しに来たの?」

「違うよ。蓮君も行こう」

「何度も言うが僕はだね」

「隠れて出れば? 蓮君の力なら可能でしょう?」

 発信機の存在を忘れていた。

 勿論、蓮は忘れていない。

「はあ、僕は君の無茶苦茶に付き合う程暇でも無いんだ。読みかけの本、やりかけのゲーム、解いていないパズルがある」

「何よ。私の事はそれ以下なの!」

「そうだよ。ようやく気付いたみたいだね」

「何ですって! 分かりました。もう誘いません。いいもん。1人で楽しむから」

 蘭はそっぽを向いて、拗ねた。

「他の人を誘うと言う選択肢は無いのか?」

 蓮はお菓子を食べ、突っ込んだ。



 それから3日後。

 蘭は豪華客船に乗る事となる。

「うわぁぁぁ」

 蘭はその大きく美しい船を見て、興奮している。

「中も凄いんだろうな」

 蘭は早速乗り込もうとするが、目の前で長身の男が困っていた。

「可笑しいな〜確かにチケット持ってきたはずなんだが」

 男はチケットを持っていないようだ。

「それでは乗せられないな。お引き取りを」

「待ってくれ、絶対あるから」

 この言葉を信じる人はいないだろう。

「すみません。良かったら、1枚余っているので、使って下さい」

 見かねた蘭がチケットを渡す。

「おっ、マジ! ありがとう」

 男が手を握り締める。

 男はとても男として魅力的な容姿をしていた。

 長身の体は痩せ形でしかし、筋力がある美しい肉体。

 顔も悪くなく、切れ長の目に、キレイな肌。

 耳には青いピアスも付けていて、お洒落であった。

「まあ、友人が行けなくなったし」

「そうなのか。じゃ、遠慮なく、あっ、自己紹介がまだだったな。俺は瑠衣。モデルをやっている。さんも様もいらないから、ただの瑠衣と呼んでくれ。君は?」

 一通り説明する。

 なる程、蘭は、モデルである事に納得していた。

「浅野蘭、大学生です。って、RUIさん!」

 蘭は驚く。

「あれ、知ってた? 俺も結構有名になったな」

「ええ、初出演映画見ました。バラエティ番組にも出ているし、モデル雑誌の表紙も飾っていますし」

 蘭も一通り説明する。

「嬉しいな知っていてくれて、でも、呼ぶ時は本名の瑠衣って呼んでくれたら、もっと嬉しいな。どちらにしても蘭ちゃん。よろしく」

「はい」

 瑠衣は蘭の荷物を持ち、自分のも軽々と持つ。

「あっ、荷物」

「この位しないとな。さっ、行こうか」

「はい!」

 瑠衣の後ろを蘭が付いて行った。


 瑠衣と蘭は荷物を部屋に置き、出航した船の一室でお茶を飲んでいた。

「本当にありがたい」

「いいんです。どうせ、余っていましたし」

「誰か誘っていたんだ」

「ええ、本当に無愛想で、人の好意を無駄にする最低な人です」

「あははっ」

 瑠衣が屈託無く笑い、コーヒーを飲む。

 右手薬指に赤い石の指輪をはめていた。

(悪い人じゃなくって良かった)

 渡した手前断る事も今更出来ない。

 渡して後悔した。

 何故なら相部屋だったのだ。

 初対面の男女が豪華客船で一夜を共にするのは、不健全極まりない話である。

 蓮と同部屋なのもどうかと思うが……。

 力のありそうな男が、自称日本一可愛い自分に手を出さないとも限らないのだ。

「それより、船内を見て回らない?」

 瑠衣が誘う。

「はい」

 2人は部屋を出た。

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