第三章
第56話 謁見
「此度の働き、じつに見事である。さすがベローズ王国、国際警備隊であるな。我が国にひそんでいた悪党を捕まえてくれたこと誠に感謝の極み。貴殿の働きを知れば国王もさぞお喜びになるであろう」
豪奢なシャンデリアのもと白亜の壁に囲まれたレッドカーペットの上でひざまずき、壇上の椅子に腰掛ける国王の言葉にギルはかしこまってあたまを下げた。
あれから数日後。
見事国際指名手配犯のモーリッシュ・ドットバーグとバロン・メリオス、その一味であるベインの確保に成功したベローズ王国警備隊は、当初そのまま国へ帰る予定だった。
だが地下街での騒動はやはり貴族の耳に入ってしまい、その中でも解毒剤を調達した薬師からベローズ王国警備隊の名が上がってしまったのである。それを聞きつけた国王は感謝の言葉を述べるべく、いったん帰国の足を止めさせギルを城に呼び出したのだ。
「恐悦至極に存じますな。しかしながら、今回の件について一番の功労者はアレクというおとり役を買ってでてくれた少年です。現在はだいぶ回復したようですが、保護したときには酷い有様でしてな」
「ほう」
「あの少年の勇気は賞賛に値するものでしょう。一度バロンに捕らわれ、再びその手元に戻るなど、なかなかできることではありません。同時に第一警備隊のマーリナス隊長も負傷されてしまったので、本来ならば回復を待って出国したかったのですが、我々も悠長にここにいることができぬ身でしてな」
「その者の怪我の状態はどうなのだ」
「傷の方は治癒魔法で簡単に癒えますから、たいしたことはないのですが……ゴドリュースの毒にあてられてしまいましてな」
「ゴドリュースだと」
顔をしかめてそう告げたギルに国王は驚きに目を丸くした。
「なぜそんなものが! モンテジュナルの国王はなにをしておるのだ!」
モンテジュナルの固有植物から採取されるその猛毒の名を知らぬものなど、貴族にはいない。
かつてその猛毒は醜い権力争いのため暗殺などに使用され多くの者が命を失った。通常の解毒剤では歯が立たず、白魔法も効かない。
解毒するためには同じくモンテジュナルの固有種である
加えてモンテジュナルの国王が悪質な取り引きにゴドリュースが使用されることを防ぐため、
そのため、あの地下街の違法薬師がそれを手に入れていたことは断首に値する罪であったのだが、マーリナスの人命救助を優先にしたギルは手元にある解毒剤をすべて警備隊に譲り渡すことを条件に目をつぶったのだ。
「国王様」
憤慨した国王をなだめるべく、ゆったりとした声色で国王の名を呼んだのは傍に控えるこの国の宰相である。曲がった腰に白髪をたたえ、
「失礼ながら発言をお許しください。聞くところによりますと、いまモンテジュナルは現在情勢が不安定だそうです。国王が病に倒れ、第一王子もまた床に伏しておられるとか」
「そのお話はわたしも聞き及んでおりますな。それゆえ中枢が揺れているのではありませぬか」
宰相の言葉にギルも難しそうな表情を浮かべる。
いくら国王が禁じようと、その目を盗んで動くのが悪人というものだ。モンテジュナルの情勢を耳にして、隙あらばと高額な取引に使えるゴドリュースや
「あそこにはできた宰相がおったなずなのだが……」
うなりながら国王は思案にふける。
なんにせよゴドリュースが出回っているのならば、いつ我が身にその刃が向けられるかわからない危機的状況にあるということだ。一刻も早くモンテジュナルにこのことを伝えなければならない。
「モンテジュナルに書簡を送る。すぐに準備せよ」
「かしこまりました」
宰相があたまを下げ姿を消してゆく。その後ギルもまた城を後にした。
これで面倒くさい謁見は終わりだ。宿までの帰りがてら、マーリナス殿の容体でも見ていくとするか。
ギルが立ち寄ったのは第一警備隊駐屯地、医療病棟だ。
行き交う看護師たちは国際警備隊の制服に身を包んだギルの姿を目にすると
薄く開かれた正面の窓からは心地のよい温かな風が吹きカーテンを波立たせている。
その下でベッドに横たわるマーリナスは濃紺色の前髪を小さく風に揺らしながら、深い眠りについていた。
その傍の椅子にどさりと腰をおろし、ギルはマーリナスの横顔に視線を落とす。
「今日もまた眠り姫か、マーリナス殿。そんな綺麗な顔でいつまでも寝てると、本当に誰かに唇を奪われてしまいますぞ」
国王にも告げたとおり、ベインに刺された傷は治癒魔法でとっくに完治している。
だが、まだ完全に毒の抜けていない状態で動き回ったこと、そこにさらに外傷を受け
マーリナスが外傷を受けてから今日ではや三日。
いまだに意識が戻る気配はない。
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