誰かと貯金
半年ほど前、私は貯金箱を買った。日々の何気ない無駄遣いを反省しようと思ったからだった。私の帰り道には百均があり、ついついちょっとした小物を買ってしまう。その分を毎日貯金したらどうなるのか。百均で貯金箱を見た際にそんな興味が湧いたため購入した。何でもこれいっぱいに百円玉が溜まると10万円近くいくらしい。
貯金箱は玄関に置いた。毎日百円を帰ってきたらすぐ入れる。
これが割と効果があった。百均に寄る回数がガクンと減ったのだ。以前は百均で何を買おうか考えながらの帰路であったが、今は溜まったお金で、どんな贅沢をしようかと考えるようになった。貯金箱を毎日持ち上げて、重さを感じるのも楽しみになった。たった百円ではあるが日々の節約が形になって現れているようで、私の励みにもなっていた。
最近は貯金箱の投入口から銀色の光が見えるようになってきた。そろそろ一杯になるはず……と、ここのところは毎日そればっかりを考えている。
ガチャリと鍵を回してドアを開ける。
パチン、と照明を点けた。頼りない点滅を繰り返した後、白く蛍光灯が光った。薄暗さを感じるこれにも慣れてきたが、そろそろ替え時かもしれない。
「ただいまー」
夜も遅いため遠慮して出した声は、響くことなくすぐに絶えた。
一人暮らしだから返ってくる声があるはずもない。ただ、言わないとどこか気持ち悪い。実家暮らしの時からの習慣だ。おかえり、と言ってくれる人もいればいいのだけれど、当分は叶わなそうだ。母親からも、「いい人はいないの?」としょっちゅう電話がかかってくるよう。毎度、「そのうちね」と返しているが……やめやめ。折角の楽しみを前にこんなことを考えるべきではない。
財布から百円玉を出し、横の下駄箱の上に置かれた貯金箱に入れ込む。固い感触がした。百円玉は半分ほど入ったところで動きを止めてしまう。貯金箱がいっぱいになったのだ。今すぐにでも開けたいのだが、最後の一枚が投入口から半身を出しているというのも締まりが悪い。何とか押し込めないものか。
奮闘すること五分。ようやく全身を入れることができた。お尻の部分が出かかっているし、アルミでできた投入口も少し変形してしまったが、まあいいだろう。
ウキウキで私は貯金箱を抱えた。ずっしりとくる重さ。毎日のちょっとした積み重ねでここまでなるのか、と感動を覚えた。
早く開こう。台所から缶切りを取り出し、リビングの机の上に貯金箱と並べて置いた。
「えー、それでは開けていこうかと思います」
誰に対する宣言でもないが、無性に言ってみたくなった。缶切り片手に貯金箱を見る。何だかんだ半年も一緒にいたものなので、壊してしまうのに躊躇いはある。ただ、今はそんな感傷は不要と、一思いに缶切りを差し込んだ。
蓋近くにまで百円玉が詰まっているため、ほぼ一周切り込みを入れるのには苦労を要した。焦らされている気までしてきた。けれど、それも悪くはない。すんなり開いてしまうのも味気ないものだと思う。
ご開帳を前に、机の上からこぼれ落ちないようにと、軽く囲いを作った。これで準備は万端だ。
両手で貯金箱を持ってひっくり返す。
中からは百円玉と、五百円玉がボロボロと落ちてきた。
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