掃き溜め
@munyamunya
誰もが安心して夢を叶えられる幸せな世界
僕の夢は弁護士だった。きっかけは覚えていないが、物心ついた時からなりたいと思っていた。将来の夢実現機にもそれは保証されている。この機械はその人の適正に合った進路を示してくれる。凄いのが、検査される人が元々抱いていた夢と機械が提示する進路が完全に一致しているところだ。これにより、みんなが夢を叶える時代がやってきた。実際に両親も夢を叶えている。父は食品業界の会社に入って課長になるという夢、母は小学校の教師になるという夢をずっと抱いていたらしい。
機械のサポートもあって、高校生の現在まで希望通りの進路が実現出来てきたように思える。このまま進めば夢は実現できる。未来を思い描き胸を躍らせていた。この間までは。
三日前、友人に勧められてある曲を動画配信サイトで聞いた。そして僕は夢に疑問を抱くようになった。「敷かれたレールの上を歩く人生。このままでいいのか」という歌詞が耳に残った。提示されたことのない問いかけだった。機械が示した進路を進むだけの人生ってどうなのか。友人とそんな話題を電話で話しながら夜を明かした。
以来、僕の頭の中はそのことでいっぱいだ。皆が食い入るように黒板に目を向け、一字一句逃さぬように教師の話を聞いている今でさえ、僕だけは窓の外をぼんやりと眺めながら、弁護士以外の夢について考えていた。
勿論、一人だけそんな態度をしていると目につく。授業終わりに教師に呼び出され、体調が悪いのかと心配されてしまった。大丈夫、元気だと釈明して事なきを得たが、教室に戻れば今度は友人が心配してきた。
「どうしたんだ。最近のお前なんか変だぞ」
「ちょっと考え事しててね」
「考え事?」
「この間の夜話したことだよ。決まった進路なんてつまらないんじゃないかって」
それを聞いた友人は噴き出した。
「お前、まだそんなこと考えてんのか? よく考えてみろよ。敷かれたレールの外は何があるかわからないんだぜ。もしかしたら人生終わるかもしれないんだぞ」
だから他になんか目を向けること出来ない。友人はそう言い切った。この間の夜とは言っていることが真逆だ。
僕が怪訝な目で見ていることに気づいたのか、友人は続けた。
「まあでも、一昨日くらいまではちょっとそう思ってた。けど、進路指導受けたらそんな悩みもパッと消えちまったよ」
手で泡が弾ける様子を再現して見せてくる。
「ま、お前も今日進路指導だろ。そこで相談しろよ。スッキリするぜ」
友人は軽く僕の肩を叩き、自分の席へ戻っていった。
昼休みに入る。友人も言った通り、今日は僕の進路指導だ。進路指導は半年に一回の頻度で行われている。時間になったので進路指導室に向かった。部屋の中にはVRゴーグルが一つ、机の上に置かれていた。仮想空間で進路サポートのAIと話をするのだ。普段は五分程度で済む。ただ、今日はどれくらいかかるのか。将来に対する疑問なんて抱いたことがなかったため、AIの返答も予想がつかない。友人と同じように諭してくるのだろうか。初めての心持ちだ。緊張と、若干のワクワクを感じつつ、僕はゴーグルを着けた。
進路指導室を出る。とてもスッキリした。僕の夢は弁護士だ。なんで他の可能性を探ろうとしたのだろうか。迷う分だけ勉強の効率は落ちてしまう。可能性の見えない未来なんて、無いのと同じだ。
「おお、スッキリした顔してるな」
教室では友人がそう声をかけてくれた。
「あ、わかる? 何であんなこと考えてたんだろう」
「そうそう。馬鹿らしいわな」
二人で過去の自分を笑った。
ここ数日で遅れた勉強分を取り戻すため、この日はいつも以上に集中して勉強した。
夜。寝る前にふと、この間の曲の製作者が気になった。見てみると、この間の曲は消されてまた別の曲がアップされていた。再生数も高評価の数もこっちのが上だった。「舗装された道の先に君の目指す未来がある」そんな内容だった気がする。当たり前のことすぎて、耳には残らなかった。
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