3.給食
春の夕暮れの空はなごやかだった。ぼんやりと暖色の光が辺りを包み込んでいる。学校を横に向かうと見えてくる川沿いの道には、蕾を蓄えた木々が風に枝を揺らしていた。
木陰になっており暗さを感じる道であるが、下校途中の子供には関係がない。元気に走り去っていくのだった。他には近所の中学校の生徒が部活で走り込みをしていることも多い。もう少し経つと体操着を身につけた少年らが現れてくるであろう。
ずっと進んでいくと視界が開け、大通りに合流する。その横断歩道に設けられた信号の下に二人はいた。
「ほらほら、きげん直しなさいよ。からかいすぎたわ」
「う、うるさい。別になんとも思ってないし」
「あらそう? じゃあ昨日とった泣き顔、広めちゃおうかしら」
「は? それはやめろよな」
鼻息を荒くして睨みつける。猛犬のようであった。それに気圧されたのか、
「じょ、じょうだんよじょうだん」
と身ぶりを交えて釈明した。
「むぅ……ならいいけど」
まだスッキリしない顔をしているが、互いにこれ以上の深掘りは止めた。
「それにしても、今日はずっときげん悪いじゃない。どうしたの?」
「ずっとって言うか……うーん、給食がねえ……」
「別にいつも通りだと思ったけど」
「エビシューマイ出てただろ」
「そうね。浩太、エビきらいだったっけ?」
「きらいじゃないんだけど、何か今日のシューマイはいやだった」
「どういうことよそれ」
「言葉にしづらいんだけど、ほら、なんか今日のシューマイ大きかったじゃない」
「言われてみればそうかもね。新学年になったサービスかしら。それならもっとごうかなメニューが良かったんだけど」
「俺もそう思ったけど……って、そんな話じゃなくて」
話題がそれそうになったのを浩太が引き止める。
「なんかさ、大きいと、中身をかむ時間が増えるじゃない」
「それが?」
「ねちょねちょしてるところが多くてさ、気持ち悪くなっちゃうんだよ」
「なんで気持ち悪くなるのよ」
「え? だってグチャッていうんだよ。食べ物の音じゃないじゃん」
それにエビのプリプリ感もなかったし、と付け加える。それを聞いて莉奈は顔を顰めた。
「ちょっとやめてよ。わたしまで気持ち悪くなっちゃうじゃない」
「いいじゃん、なれよ。俺はそんな気持ちを味わったの」
「た、たしかに何か気持ち悪いかも」
「だろ、気持ち悪いよな! な、な!」
莉奈の脳裏に、昼間エビ焼売を食べた時の食感が蘇ってくる。浩太の言った擬音付きで。くちゃくちゃ、ねちょねちょという、焼売の種を咀嚼する音が頭の中で再生される。
「お、おえぇ……。ちょっと、ごめん。だいぶきついかも」
「な、きついでしょ。何かいやでしょ」
同じ感情を共有できたことで浩太は嬉しそうだ。けれど、それを体感している莉奈にとっては耳障りでしかなかった。
「あぁもう、うるさい! 静かにして」
飛んできた強い口調に浩太は先ほどとは一転、困惑の表情を浮かべる。そのまま莉奈の隣を歩いていたが、彼女の顔色が優れないのを見て心配になったようだった。
「……大丈夫か?」
肩をさすりつつ尋ねる。
莉奈は一旦足を止めると、すぅー、はぁー、と深呼吸をした。
「大丈夫よ。いくらか良くなったわ。ありがとう」
「あ、ううん。いいんだよ。俺が原因だし」
「そ。それじゃあさっきのは無しで」
「あ、うーん。まあ、そっか」
突っかかってこない浩太に、莉奈は若干の寂しさを覚えた。折角してやったのに張り合いがないとつまらない。
「なんで納得するのよ」
「は? 何言ってんだよ。取り消すって言ったの莉奈じゃん」
「ふん、お礼を言ったんだからすなおに受け取らない方が悪いのよ」
「ああそうですか。どういたしまして。これでいいんだろ」
「そうよ……って、あ、やばい」
高校の校舎に設置された時計を見て、莉奈が顔を強張らせた。
「うん? どうしたの」
「やばいやばい。そろばんの時間忘れてた」
「え、それならすぐ行かないと」
「分かってるわよ。じゃあね、また明日」
「あ、ああ。うん」
一目散に駆けていく莉奈。あっという間に高校前の直線を過ぎ、分かれ道を曲がって消えていった。浩太はただ呆然とそれを見送った。
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