2.遊びの約束

 降り続いた雨は時計が十二時を指す頃になるときれいさっぱり上がった。暗く重たかった雲も雨上がりとともにどこかへ散った。今では太陽が爛々と輝いている。路面の水たまりは光を反射し、キラキラと眩しい。路肩の草花も葉に受けた露を光らせている。折角の桜はこの二日で全て散ってしまい、その花弁も長く続いた雨で流されてしまった。格子蓋から覗いてみるとくすんだ桜色が見えた。綺麗な水面を花びらが埋め尽くしているのであれば「花の浮橋」とも呼称できるのだが、排水溝を生活排水に乗って流れているとなれば到底そのようには呼べそうにない。

 この信号の下にも格子蓋がある。ここでは花びらが格子の隙間から顔を出すほど積もっていた。そこを目がけて傘が突き刺された。ボスっという鈍い音とともに、花の山に突き刺された跡が残る。傘を差した女の子、莉奈は口角を少し上げた。楽しかったのだろう、莉奈はもう一度、違う隙間を目がけて傘を突き出した。


「ほら、もう変わるよ」


 車道側の信号が黄色に変わるのを見て、隣にいた浩太が莉奈に声をかけた。


「あ、もう変わるの」

 

 莉奈は傘を乱雑に引き抜くと、浩太に続いて信号を渡った。


「それにしても、今日は帰るの早いじゃない。いつもの彼らとはいっしょじゃなかったの?」

「委員会決めがあったから……」

「ふふ、クラス委員だっけ。似合わないわー」

「そう言われるのがいやだったから先に教室を出たんだよ!」


 浩太が恥ずかしそうに俯く傍ら、莉奈はケラケラと笑っていた。


「もういいだろ、それは」

「そうね。それに、あなた以外できそうな男子いなかったし。わたしも投票したわ」

「はあ?」

「いいでしょ。他の人との差がけっこう大きかったんだし。わたしの一票なんて大したことないわ」

「ま、そうだけどさ」


 学級会では誰もクラス委員の立候補者がいなかったため推薦になった。蓮二が悪ふざけで浩太を推薦し、浩太は明を道連れにした。他に推薦されるものは出ることなく、二人で決選投票となった。結果、成績で勝る浩太が選ばれた。


「そういう莉奈は何にするんだよ」


 本当は今日中に全て決める予定だったのだが男子を決めるのに多くの時間がかかってしまったため、係決めは明日となっている。


「わたしは黒板消し係かな。丹羽と、一緒にやろうって話をしてる」

「丹羽か。大丈夫なのか? あいつ、上の方届かないだろ」

「だから、上はわたしが担当するって話をしてるの」

「そっか、でかいもんな」


 実際のところ莉奈の身長は浩太とほぼ同じである。けれど、去年まで莉奈の方が背が高かったことから、莉奈の背は高いという意識が浩太には染み付いていた。


「でかいっていうな」


 莉奈が拳を振るう。うわっ、と浩太は大げさに避けた。


「ぼうりょく反対!」

「うるさい」


 そう言って莉奈が歩き出したので、浩太も並ぶ位置に戻る。


「ごめんごめん、背が高いのな」

「それでいいわ」


 高校の前の通りを歩く。丁度体育の授業をやっているようで、校庭では多くの生徒が走っていた。

 思い出したかのように莉奈が言う。


「今日は彼らと遊ばないの?」

「する前に帰ったからなあ……あ、そうだ。この後ひま?」

「ひまだけど」

「ゲームしようぜ」

「えー、また負けて泣かないでよ」

「泣いてないって」

「うそ。泣いてたわよ」

「泣いてない」

「泣いてましたー。なんなら、写真みせてあげよっか」

「は? 写真とってたのかよ。消せよ」

「いやですー……あ、でも、わたしが負けたら考えてあげるわ」

「言ったな、ぜったいたおす」

「でも、わたしが勝ったらもう一枚とるからね」

「いいよ。勝つから」

「じゃあ、この後……何時にする?」

「うーん、お昼食べて、2時くらいかな」

「わかったわ。それじゃあまた後でね」


 ばいばい、と互いに手を振る。浩太の方は少し控えめだ。どこか恥ずかしい気持ちがあるのだろう。莉奈が顔を前に戻すと、いそいそと走り出していった。今日は莉奈も少し急ぎ足で帰った。

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