1―3「前期必修試験」
「今日からこの一年一組の担任を務めることになった
スーツ姿の衣嶋は、一切の感情を交えず喋り、はきはきと物事を運ぶタイプだった。一通りの校内見学を終えた一組の生徒たちは、授業カリキュラムの説明などを受けて教室に帰ってきた。
次に自己紹介タイムに入る。
出席番号順から名を名乗り、好きな作品や作家など、いつ物書きを始めたかなどこの学院特有の色を見せながら自己紹介を進めていく。
ジャンルの垣根を越えた豊かな趣味嗜好が飛び交う中、一人の女生徒の自己紹介がはじまった。
「
大和撫子よろしく黒髪を優雅に払った空緒。きりっとした表情のまま席につく。
この学院の入学する条件の一つとして、現役プロ作家は禁止という事になっている。最低でも通学する三年間は、以前に使用していた商業ペンネームの使用活動は禁止だ。
そのことを踏まえて彼女の発言から二つの事柄が推測される。自主的にプロという肩書を捨てた。或いは強制的にその地位を降りるしかなかった、かのどちらかになる。
空緒のようなケースは、この学校に於いて特段珍しいわけではない。
だがクラスメイトの多くが、この中学上がりの小娘に不思議と興味が注がれていた。
それは彼女の纏う人気を寄せ付けない尖った棘のような雰囲気に、薔薇のようなうら若き美しさが合わさったせいか。少なくとも空緒自身は、注目されていることを微塵も感じていないような澄まし顔をしていた。
「次、騰波ノ」
空緒の自己紹介から数人挟んだ頃、衣嶋の呼びかけに慌てて席を立つ騰波ノ。
「きゃっ!」と後ろの席女子が驚きの声を出した。
余りにも勢いよく立ち上がって、気持ちも舞い揚がってしまった騰波ノは「すいません……」と頭を掻きながら謝った。
「えっと……
特に面白味もない自己紹介が終わり、ほっと一息ついた騰波ノ。落ち着きを取り戻したことで、自分を見つめる視線を感じた気がしてクラスぼんやり見渡すと、廊下側の一番前の席に座っている空緒飛華と一瞬目が合った。
すぐに空緒は目を逸らした。騰波ノも特に気に留めることではないと思い、すぐに後ろの席であたふたと自己紹介をしている女の子に気を向けた。
それくらい一瞬の間だった。
自己紹介は難なく幕を閉じ、その日は帰宅となった。
☆
翌日。一時限目はHRからはじまった。
衣嶋は不機嫌そうな表情で教室に入ってきた。昨日辺りから少し仲良くなったのであろう者達のぎこちない会話もすぐさま霧散する。
「おはよう。まず最初に、これから毎週月曜の一時限目は必ずHRとなっている。出席するかは各々の自由だ。だが遅刻、私が解散の指示を出すまでに早退した者には五千円、欠席者には一万円の罰金があるので気を付けるように」
「罰金?」とクラスの誰かがぼやいた。
だが衣嶋はそれには答えない。
「では今から一時間目のHRを使って前期必修試験の説明に入る」
あまりにも突然のことに生徒たちの顔には動揺の色が走りはじめる。
「まず試験は本日二限からはじまりとし、七月の二十九日一限終了時までの試験期間が設けられる」
衣嶋は困惑気味の生徒たちを見渡すように一瞥し、静寂を促す。
静まりを確認すると淡々と説明をはじめた。
「試験内容はWEB小説投稿サイト『千集院ノベル』でのPV数を競い合ってもらう。ルールは非常にシンプルだ。二人一組のペアを組み、小説を連載するだけ。一つのペアにつき二作品まで投稿可能。その辺はパートナーと随時相談して決めるといい」
衣嶋は黒板にルールの説明を書き足していく。
「試験期間終了後には、獲得した合計PV数を半分にした数字がそのまま現金としてペアに振り込まれることになっている。その分け前は半分と決まっている」
おぉと生徒たちは、今日一番の反応をみせた。
「あと一つ。試験期間終了後に合計PV数が最下位のペアには、ペナルティを与える。その内容は、ペアを組んだ二人のうち一人を退学処分とする」
一瞬にして静寂が室内を支配した。
「最下位ペアの二人のうち一人が退学ってどうやって決めるんだ」と誰かが聞こえるか聞こえないかぐらいの呟きを漏らした。
「それもパートナーと話しあって決めてもらう。もし設けられた期間内で埒が明かないようならばこちらで決めさせてもらう事になるだろう。なおその時の決定方については非公表となっている。ペアの振り分けについては、学校側が君たちの入学試験内容に基づいて決めさせてもらった。最後に発表する」
そこからは試験内容の細かい説明が幾つかあった。
要約すると大体こうなる。
・万が一に同着で最下位ペアが複数となった場合は、ペアから一人ずつ選び、退学処分とする。
・明らかな盗作行為、他のペアを負けに追い込む恐喝、暴力行為などが確認された場合、ペア二人共が退学処分とする。
これからはあくまで常識範囲内のことであり、そこまで事細かいルールでもない。むしろ小説に関しては異様なほど縛ったルールが無い。
自由に連載しろとのこと。
生徒たちは先行きの見えない不安と、稼いだPVの数だけお金になるという欲が入り交ざった複雑な気持ちを抱えていた。
「では前期必修試験のペアを発表する」
衣嶋は続々と生徒同士を結びつけていく。
騰波ノは掌であご肘をついていた。別に興味がないわけではないが、夜更けに読んだ小説のせいで寝不足気味だった。
次々と発表が過ぎていき、室内が騒がしくなるなか、何度もうとうととジャーキング現象を繰り返していた折、「12組目。空緒飛華、騰波ノ鳴」と呼ばれ、あご肘から滑り落ちた。
二人の視線が交錯する。
空緒は鋭い目つきで眠たげな騰波ノをにらみつけたあと、すぐさま姿勢正しく前を向いた。
「以上。残りの時間は好きにしてもらって構わない」
衣嶋は教室を去って行った。
それぞれ発表されたペア同士がのそのそと近寄っていき、どこかぎこちなく話し合いを始める。騰波ノは席に座ったまま「さてどうしたものか」と思案にふけっていた。
騰波ノは内心で彼女とペアを組むのだけは避けたいと感じていた。彼女の経歴と簡単に人を寄せ付けない気の強そうな雰囲気がそうさせるのである。
現に空緒は自分から騰波ノの席に寄ってくることはなく、一人黙々とノートに筆を走らせている。
「ま、仕方ないか」
騰波ノは重い腰を上げることにした。この時はまだ、騰波ノも彼女と何とかやっていけると楽観視していた。
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