1―1「創作の奴隷」


 少し前までの凍えるような風は、いつのまにか澄んだ風となり、花を揺らしている。

 騰波ノ鳴とばのめいは、とある全寮制学校の入学式に赴いていた。

 広大な敷地を誇る中央ホールにて、千七百人規模の人が並び立っている。


「ええぇ、あひゃっ……」


 マイクの割れた音が反響する。

 痩身に眼鏡。バーコード頭に灰色のスーツ。四種の神器を兼ね備えた司会者があがり症の為か、盛大にマイクで遊びはじめた。


「えひぇ、えっ…………あっ」


 中央列には騰波ノを含めた新一年生が並んでいる。だが新一年生というのには少し異様な光景に見える。

 騰波ノのような十六歳もいれば、二十代や三十代、上は五十代くらいまでの男女が学生服に身を包んでいる。そわそわとしてどこか落ち着きがない。

 全体的には若者が大半数を占めているが、やはり異様な雰囲気だ。

 左列にはスーツを着こなした約五十人の教員たち。真剣な眼差しで生徒たちの方を向いている。教員たちの胸元には、白い造花がついていた。

 右列側には上級生が伺える。歳、見た目の不揃いな感じは、新入生と似たようなものだ。だが上級生ともあって、落ち着いた雰囲気がある。

 新入生との違いをあげるとすれば、上級生たちも大半が学生服なのだが一部、私服の生徒などもいるということ。


「只今より『学校法人千集院グループ・千集院創作芸術学院』の入学式を開始致しましゅ……」


 何事もなかったかのように司会者が進行を始める。この場で誰もそのことについては言及する者もいない。


「司会進行役を務めますのはわたくし、五嶌ごとう けいと申します。以後お見知りおきください。しょ、しょしょれでは! お願いしみゃす」


 微妙な空気感の中、靴底の音が軽快に聞こえてくる。袖から一人の肌黒い男が登場した。

 男の筋骨隆々な肉体は、遠目からにもわかる。

 派手な赤色のスーツ。オールバックにした金髪頭。金色の蝶ネクタイが輝くように眩しい。

 男が教壇に向かう途中、新入生を取り囲む左右の列の雰囲気が明らかに引き締まる。やがてその波紋は、挟まれている新入生にまで伝わり、皆の視線が男に向けられた。

 ごくりと唾を飲む音が数百人単位で重なった気がした。中には立ち眩みを起こす者が幾人かいて、その場でうずくまっている。各地に配備された警備員がすぐ対処に動き出した。

 異変を感じた騰波ノは、きょろきょろと左右を見渡す。上級生と教員たちは仏像のように動かない。


「新一年生諸君、入学おめでとう。ようこそ我が千集院創作芸術学院へ!」


 男は大袈裟に両手を広げ、愉快に笑ってみせた。


「私が学院長のいかり恭也きょうやだ。さっそくだが……本日から君たちには創作の『奴隷』になって頂く。ついてこられない者には、一ミリたりとも興味はない。だからまず最初に言わせてもらわなければいけない言葉がある。

 今後、創作の『奴隷』になれない者は、今すぐ直ちにこの場を去りなさい」


 息のつまりそうな沈黙が館内を支配する。


「フフフ……その間抜けな面で君たちはこの世界で何を望み、願う。どうしてここにやってきた? 君たち奴隷がこれからすることは生きるか……死ぬか。もっと分かりやすく言うと……書くか、死ぬか……」


 バタッとどこかで人が倒れている音がした。その中で一人、静かに口角をあげている学院長。癖のように髪を掻き上げる。次の瞬間、分厚い両掌で壇上を勢いよく叩き付けた。


「もう一度問う! 君たちは何を求めてここにやってきた!? 希望か、絶望か? この世界に光を求めるのなら今すぐこの場を去れ! だがもし、君たちがこの世界に何かを抱いているならば全てを代償に抗いなさい」


 学院長は上機嫌な様子で、壇上に肘をおいた。親指を顎につけ人差し指で三角を作り周囲を見ながら。


「ああ、そうだ……いい表情になってきた。さぁここからは死ぬ気で生き残れよ……ああ、誤解するな。どうやって生きるかではないぞ。いいか、問題はどうやって死ねるかだ。生を意識するな。人間は怠惰な生き物だ。常に生が隣にあると零落する。常に死を隣においておけ。

 この世に何を残して死ねるか。世界にどれだけの爪痕を残せるか。この世界に弱者は要らない。常に求められるのは圧倒的実力のある強者だけだ。そして我が学院には、その強者も弱者も要らない。我が学院が常に求める人材は、いつだって新時代を担っていける革命者のみだ! つまり第一のステップとして創作の『奴隷』になれない奴は、この学院では百パーセント、死ぬことになると言っておこう」


 学院長はさぞかし嬉しそうに両掌を逆さにして、わざとらしく被りを振る。


「いやはや失敬失敬。少し表現が疎かになったようだ。正確にはただ死ぬのではなく――喰い殺される。腕も足も腿も指も股も顔面も脳漿も……弱者はあっという間に搾取され、時代の波という名の無秩序な暴力に生命を断たれる」


 ついに我慢出来なくなったのか、学院長はまるで慌ててベルトを外す行為前の男子のように、固定されていたマイクをせわしなく取り外した。


「いいか! 聞け! 名は霧散し、過去の創作はゴミ屑と化す! 努力は決して報われず、して生きるうえで報われることもない。睡眠も食事も性欲も恋愛も結婚もお金も地位も名誉も全てが『創作』という名の『鎖』に繋がれ、縛られる。

 爺さん婆さんになってもだ。いいや……そもそもそこまで生きられるかな。それが無理なら精神病か? 病死か? 自殺か? 他殺か? 運が良ければせいぜいナニかの中毒くらいで助かるだろう。

 ――つまりそれが君達の目指す先の世界なのだよ。一生涯の『人生』を『創作の鎖』に繋がれる――『奴隷』。生涯死ぬまで売上に、俗世の評価にびくびくと小鹿のように怯えながら生きる。

 自尊、憧憬、嫉妬、承認これら全てが満たされるときはなく、飢えが絶えない。ああ、なんて惨めで滑稽なんだろう。ああ、最早愛おしいくらいに素晴らしい世界だ。それが新時代の革命者でありっ――」


 興奮がピークに達した。マイクを放し、目を瞑り、一呼吸。

 がっ! と力強く目を見開き、地声の声量だけで叫ぶ。


「真の創作の、『奴隷』ダァァアアアアアアアアアアアアア‼」


 折れてしまいそうなくらい首を真横に曲げ、両目をこれでもかと見開いている。歯並びの良い歯をカチ、カチと嚙み合わせていた。


「最ッ高じゃないか……えぇ?」

「………………」

「以上。君達の幸運と実力が芽吹く事を祈る。良きスクールライフを」


 学院長は優雅たらんとその場を去っていく。


「あっ……ありがとうございましゅた」司会者の虚しい声のあと、マイクの割れた音が反響していた。

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