第3話
翌日もいつものように学校から帰る。
けれど、昨日のことが気になって仕方がなかった。
あの黒い影はなんだったのだろうか。
なにが間に合わなかったというのかさっぱりわからなかった。
間に合わない?
そのことと私を追いかけることに関係があるのかしら。
私はそんなことを考えながら、夕暮れの道を通っていく。
「ねえ。あいつ、変よね」
同じ道を通る生徒たちがそんな話を始めた。
「あいつって〇〇くん」
男の子の話らしいけど、名前がはっきり聞こえない。
なにがおかしいのだろう。
一瞬、そんなことを思ったのだが、また聞こえてくる足音に私の思考は閉ざされた。
まただ。
また聞こえる。
私のすぐそばで
私のすぐ後ろに黒い影がいる。
どうしよう?
どうしたらいいの?
だれかに助けを求めたいが、誰もいない。
さっきから男の子の話をしている子たちに助けを求めようか。
でも、きっと私のいうこと信じてくれないだろう。
変な目で見られるだけ。
ならば、どうしたらいいのだろう。
足音が聞こえる。
足音がいつもと同じ速度で、決して私に触れることもなくついてくる。
どうしよう。
どうしたらいいの?
振り向くべきか。いや、駅までいけばいい。
どうやら、あの黒い影は駅には入れないらしい。ならば、あそこに逃げ込めばいい。
でも、
ほんとうにそれでいいのだろうか。
今日はそれで助かる。でも明日も同じ。足音に怯え続けなければならないのではないか。
ここで振り返れば、すべて終わるかもしれない。
いやもしかしたら、ひどい目にあわされるかもしれない。
でも
でも
私は逡巡した。
いつの間にか、横断歩道にたどり着く。
青が点滅している。急いで渡ろうかとも思ったが、足が止まってしまった。
やっぱり、隣に足音が止まる。
どうしよう?
どうしたらいいの?
身体が震える。
恐怖が襲う。
けれど、この先ずっと怯え続けるわけにはいかない。
私は決意した。
私は顔を上げて、隣のほうを振り返ったとき、そこには黒い影はなかった。
そのかわりに一人の少年が立っていた。
「やっと、間に合った」
少年はほっとしたようにいった。
「え?なにが?」
少年のいっている意味がわからなかった。
「何度も追いかけたんだよ。けど、君はいつも“駅”に逃げるからまったく追いつかったんだよ。けど、今回は君が止まってくれたからよかった」
なにをいっているのかさっぱりわからずに困惑していると少年がなにがをポケットから差し出した。
「落とし物だ」
少年の手に握られていたのは、ひとつのキーホルダーだった。野球のユニフォームをきた男の子の人形のキーホルダー。
「これって?」
「受け取れ」
少年は私の手にそれを渡す。
私は見ているうちに、それが彼氏からもらったキーホルダーであることを思いだした。
そして、次々と記憶が蘇ってくる。
そうか、私は探していたんだ。
ずっと、彼氏からもらったキーホルダーを探し続けているうちに、探すことを忘れてしまい、ずっと同じ道を歩いていたんだ。
「これでいいだろう?これで帰れるだろう?」
少年が言った。
「ありがとう」
私の心が満たされていく。
私はそのキーホルダーを握り締めると、横断歩道を渡り、いつものように橋を渡る。
けれど、もう背後から足音は聞こえない。
あの足音は少年の足音だったんだ。このキーホルダーを渡そうとして追いかけてきてくれたのに、私ったらずっと拒んでいたから、渡せずにいたんだ。
もうキーホルダーを渡したのだから、彼がついてくることはない。
私は駅のホームへ続く階段を駆け上る。
ちょうど電車がついたところだった。
電車のドアが開き、乗り込む。
「ようやく乗ってくれたね」
運転席のすぐそばに座った私に運転手さんが言った。
「はい。もう大丈夫です」
「そうかい。じゃぁ。出発するよ」
私は電車の行き先表示を見る。
『あの世行』
私はそれを見て微笑み、手の中にあるキーホルダーをそっと見つめた。そして、大事に抱きしめた。
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