第2話 主任の呼び出し


              ☆☆☆その①☆☆☆


 正面玄関でチェックを受けて、七十階のオフィスへと、高速で無振動なエレベーターで上昇。

 ねこ耳とうさ耳をピンと立てて軽く緊張したまま、二人は主任室の扉をノックした。

「失礼します。特別捜査官 ハマコトギク・サカザキ 入室します」

「同じく 特別捜査官 ユキヤナギ・ミドリカワ・ライゼン 入室いたします」

『うむ、入りたまえ』

 上司であるクロスマン主任の了解を得て、二人は主任室の扉を開く。

 デスクではいつも通り、レディース・コミックから抜け出たような官能性も溢れる美麗の中年男性、クロスマン主任が、漆黒のスーツに身を包んで、書類に目を通していた。

「かけたまえ」

「「は、はぃ…」」

 つい先日、地球連邦の領域内で違法行為を働いていた密漁犯たちを発見し、警告し、逃走されたので追跡し、武力で抵抗されて銃撃戦になり、密漁船ごと犯人たちを宇宙の塵と化した事に対する叱責では。

 と、二人は内心ビクビクしている。

(ちゃんと、近隣の移民星には 発見時に報告してるし…)

(責められる落ち度はありません…けれど…)

 捜査官の常識やルールという意味では、自分たちの仕事にあまり自信が無い二人。

 主任の呼び出された時は大抵、お説教モードだから、今も身を固くしたまま、示されたソファにお尻を降ろした、マコトとユキだ。

 テーブルの真ん中から、煎れたてのホット珈琲がオートで出され、二人の前にトンと置かれる。

 良い香りだけど、心境的には楽しめなかったり。

 書類に目を通した主任が、優雅な身振りで振り向いた。

「さて、先日の一件だが…」

 来た。と、身をビクっとさせる二人。

「ぇえっと…ボクたち、何かミスでも…?」

「い、一生懸命に職務をこなしました…ですわ」

 怯える二人に、主任はナチュラルで「?」美顔。

「うむ。よくぞ密漁を発見し、防いでくれた。あの宙域に生息する宇宙エチゼンは、惑星連合でも希少種と認定されている空間生命体なのでね。絶滅危惧種を密漁者から護った君たちには、地球連邦政府だけでなく、銀河の生物学者たちからも感謝と称賛の言葉が続々と送られて来ているよ」

「そ、そうですか…ホ…」

 クロスマン主任の笑顔に、二人は心底から安堵した。

「良かったですわ。またお説教かと–コホン」

 つい正直なユルフワ少女が、失言を誤魔化す。


 宇宙空間には、惑星生物とは造りも生息環境も全く違う、空間生命体と呼ばれる生物が、数多くいる。

 二人が密猟者から護った宇宙エチゼンも、そんな生命体の一種である。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 何もない宇宙空間を群れで漂い、特に目的や方向性の感じさせず、ただ無限の空間を流れているだけの生物、宇宙エチゼン。

 姿は巨大なビニールのようで、掌ほどの幼生体から五千平方キロメートルくらいの成体まで、色や形など多数種が確認されている。

 二世紀ほど前に発見された時は、太陽に向かって移動していたから、光合成をして生きている生命説とか、太陽の熱で体内のバクテリアを活性化させて生きている生物説とか、色々と議論されていた。

 しかし観察と観測と調査が進むと、熱も光も温度も関係なく、生命反応はあるけれど、ただ空間を漂っているだけという、よく分からない生物である事だけは解った。

 発見当時は大量に確認されていたし、人類にとって特に有害でもないので、ほとんど注目はされなかったのである。

 しかし一世紀ほど前、なんとこの生物がブラックホールの超重力にも影響されず漂い続けている事実が判明すると、がぜん注目の的となった。

 半世紀ほどかけて、惑星連合でも技術レベルの高い惑星国家はその謎を解明し、ブラックホールに対する宇宙船の安全策として、応用技術も確立。

 しかし科学レベルの低い惑星国家などは、その生態の解明に至らず、宇宙エチゼンを捕らえて宇宙船に貼り付けて、対策と嘯いていたりもした。

 現在、宇宙エチゼンは保護の対象にもなっていて、しかし密猟者も後を絶たない。


「ひどいお話ですわ」

 ユキの美的感覚では可愛い生物であり、密猟者に対して、マコトよりも強い怒りを覚えているようだ。

「それはともかく、今日キミたちを呼んだのはまた別の懸案だ。久々のパトロール任務についてだよ」

「あ、はい」

 パトロール任務。

 全ての惑星国家は、宇宙空間に、惑星連合から認められた領海空間を保有している。

 惑星国家ごとに、母星は惑星の直径に対して周囲一億倍の球形空間を。移民惑星は五千万倍の周囲空間を、その領域として認められていた。

 なので、それぞれの領域空間を直線で繋ぐ惑星領域は丸い筒状で、その直径は進むに従い、先細ったり逆に太くなったりしている。

 パトロール任務は、当たり前にその領域の担当惑星の仕事で、いわゆるお巡りさんの仕事であった。

 では、特別捜査官が受け持つ、パトロール任務とは。

 マコトたちのように、現時点に於いて受け持つ事件の無い捜査官に割り当てられる、領海内のパトロール行動である。

 主に、どうしても手薄になりがちな惑星間の領域空間をパトロールする任務だけど、割り当てられる領域空間は、その時々で主任によるランダム決定。

 ランダムに、惑星領域を予告なくパトロールする。

 という事実があるだけで、犯罪者に対する牽制と抑止にもなっていた。

「パトロール任務、なんだか久しぶりですね」

 任務とはいえ、割り当てられた領域を巡回さえすれば、実質、その他の行動は自由。

 本部公認の、半休暇のような任務であった。

 なので、マコトもワクワク美顔だ。

「それで、割り当ては どちらの領域ですの?」

 既にバケーション気分なユキも、ワクワクを隠せない笑顔が眩しい。

「第二十三系外移民惑星、ランドホーリーまでの領海だよ」

「「ランドホーリーっ!」ですのっ!?」

 ランドホーリーは、地球型の標準的なサイズと構成な、太陽系の外に位置する「系外惑星」である。

 惑星の表面は海よりも大地が遥かに面積を占めていて、周囲のコロニーは逆にウォーターエリアとして、娯楽に特化した観光惑星だ。

 まるで、二人にバカンスしてこいと言わんばかりの、パトロール任務である。

「い、いいんですか…?」

 つい、恐る恐る訊ねてしまうマコト。

「地球標準時間で言うところの、現在は夏休みだ。涙無くして語れない二人の活躍はともかく、犯罪撲滅に大きく貢献している事実を、私は高く評価しているつもりだよ」

「「!」」

 クロスマン主任から、なんとお褒めの言葉が。

 マコトのねこ耳とねこ尻尾が、ピンっと直立するように、緊張の反応。

(こ、これは…)

 対してユキは、何か思い当りながら、特に気にしている様子は無し。

(…あら、マコトったら)

 特に、ねこ耳少女の記憶が、何かを告げているらしい。

「ん? 何か不満そうだね。パトロール任務は辞退するかい?」

 優しく問う声に、ウソはない。

「ユ、ユニット『ホワイト・フロール』有難く パトロール任務に出発します!」

「出発いたしますわ」

「うむ。それではよろしく頼む」

 二人は綺麗な敬礼で、主任室から退室をした。

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