終章:恋なんて嫌いだ!

第53話言ってしまおう!

 私はあの日からもうなんと言って良いか分からない。

 放課後の学校の木々たちは紅葉からすでに真冬のよそおいを見せている。

「と言うわけで相談に乗って。朱音、かの子」


「何がよ?」

「幸せ過ぎて辛い……」

 そんな私に呆れながら、かの子が前の席に朱音が横の席に座る。

 美女2人に囲まれる。

 グヘヘ。

 今日は登が大学合格後の報告などで居ない。


「登に愛されてヤバい」

 私は登の机にぐったりしている。

 美鈴犬はしっかり登の机にハウスです。


「ああ、ハイハイ」

 2人が立ち上がろうとする。


「待って、見捨てないで」

 2人の腕を掴む、朱音とかの子がそれを振り解こうと抵抗をする。

「えーい、離せー離すのだー」

「イチャイチャカップルの話なんて胃もたれしかしないわー!」

「見捨てちゃダメー」


 一頻ひとしきり遊んだ後、まず抵抗を諦めた朱音が呆れながら頬杖をつく。

「前から凄いと思ってたけど。それでも前はどちらかといえば、美鈴が一方的になついてた感じだったけどねぇ。最近は飼い主様の愛情が凄いわね……」


 そうなのだ。

 あの日、初めて2人で口付けを交わしたあの日から凄いのだ。

 甘やかしではない。


 そんな甘いもんじゃねぇ、もっと深淵の深い奴だ。


 一緒に居るだけで全力で愛されている感があるのだ。

 繰り返すが甘やかされてるわけではない。

 恋の情念のような、愛おしいものに触れるとか、まあ、それもあるんだけど、それどころじゃない。


 目が、表情が、態度が、とても優しく包み込んでくるのだ。


 許されていて、認められて、存在を肯定されて、何処までも強くなれてしまう。


 正直に言おう!


 えーい、言ってしまおう!


 言うぞ! 言っちゃうぞ!


 早く言え、って!?


 言ってやる!


 これに比べれば、恋なんてどうでもいい!


 言ってしまったーーーーー!!!!!!!



 待てやー! テメェえ! ふざけんな! 恋舐めんなよ! という声が聞こえて来そうだ。


 待ってくれ! 分かっている、身もふたもないとはこの事だ。

 散々悩んで苦しんで、まあ、だから今があるんだけど。

 あんなに大っ嫌いな恋が突き詰めていけば、なんて訳が分からない。


 だが、そうとしか言えないのだ。

 あんなに苦しい思いして、あんなに泣いた恋なのに、突き詰めた先の『愛』というヤツは次元が違った。


 恋というものは今でも大嫌いだが、素晴らしいものなのも理解している。

 だが、この愛というものに至らなければ、別れてしまうことは今となっては良く分かる。そう良く分かる。

 皮肉なものだ。


「もう付き合うとか、どうでもいい……。早く結婚したい……」

 登の机にのべ〜っと伸びて愚痴ぐちる。

 美鈴17歳、登18歳、法改正のせいでまだ結婚出来ません、ぐぬぬ……。

 先に両親に話をしようかなぁ。


「高校の教室でとんでもないこと言ってんなぁ」

 いつの間にか村下君が私たちを見下ろしている。


「あー、大丈夫、なんの後ろ暗いところはない」

「……マジか」

 村下君が少し引く。


「まあ、最近の登はなんか余裕あると言うか、しっかりと雪里だけを見ている感じがよく分かるもんな」

 御影君も朱音の横にやって来てそう言う。


 そう、最近の登は高校生にはない落ち着きを醸し出しており、女子の中からも恋愛対象候補に上がり出したのだ。まあ、私以上に登を愛して、私以上に愛されて、絶対に登を幸せにする覚悟のある人にしかゆずらないけれど。


 つまり、絶対に譲らん。





 今更だが私たちは『付き合っていない』


 そんな私たちだが優しい雪が降るイブの日に、着飾ったネオンの街を手を繋ぎ歩いている。


 もはや、付き合うとはなんだ? そう声を大にして言わなければならない。


「ゴメン。美鈴、今年は誕生日にちょっといい指輪買ってあげたかったんだけど、バイト出来なくて無理だった」

 しゅんとして登は私の隣で謝ってくれる。


 なんなのだ、この男どうしてくれよう。

 そんな私は彼から貰った可愛いネックレスを付けている。


 ちなみにイブの今日は私の誕生日だ。

 イブの日に美しい鈴が鳴るから美鈴と両親は言っていた。

 名前負けしてるとか言っているやつは誰じゃぁああ!?

 言ってない?

 ならいいや。


「ネックレスで充分。高級なのは付けづらいから」

「そうか?」

 どうせならずっと付けていたいからね。


 登についてだが、今更ながら夏にお泊り会のときに朱音たちと話した内容が良く分かる。


 この男、本当に他の女性を見ない。

 ビックリするぐらい、私しか見てないのだ。


 待った、石を投げないで欲しい。

 私も他から聞いたら、ああぁん? そんな男いる訳ねぇだろ? 夢見てんな、甘ちゃんが! かーっぺ! と言うだろう。


 あ、御影君なんかは朱音だけ見てるけどね、あれは仕方ない。

 朱音は本物の美少女だし幼馴染様たちだから。


 登もそうだが、私たちのこの幼馴染信仰の原因は確実に奴らのせいだと思う。

 見た瞬間お幸せに〜と言うしかない。


 話を戻そう。

 登にも直接聞いたことがある。

 なんで他の女の人を見ないのか、と。


「え? 見てるよ? うん、見てる見てる」

 そう言って私をあしらいながら頭を撫でてくる。


 言いながら、やっぱり私以外を女として見ているようには見えなかった。

 せぬ。


 あの日、彼の中で確実に何かがあったのだ。

 その心の内の全てが分かるわけではない。

 けれど、確かなことが一つ。


 私は愛されている。


 そう実感すると強かった。

 今までウダウダしてて、重たいなまりが身体の中をめぐっていた感じは一切が消え、常に温かいものが心の中にあるのだ。


 そこまで行きながら、あえて彼氏彼女という立場を名乗らないのは実に単純な理由だった。


 受験が終わったとはいえ、そんなことになったら、イチャイチャがイチャイチャし過ぎて歯止めが効かなくなり、行き着くところまで行き着いてしまう自覚があった。

 そうでなくてもイチャイチャしてるのに!


 つまり彼氏彼女ではないというのは、最早もはや、私たちにとってただのストッパーで、とっくの昔に気持ちは一般彼氏彼女を振り切っている。


 もっと身も蓋もないことを言い切ってしまうが、今更どちらかが別れを切り出すとか、もう有り得ない次元だ。


 流石にそんなことしたら非難轟々ひなんごうごうだし、相手が生きていけなくなることぐらいハッキリ分かる。


 空気みたいなもので、なくなったらリアルに死ねる。


 それでも登は……有り得ない仮定だが、私が別れを切り出したら、寂しそうに笑って受け入れてしまいそうなほどの度量を見せているが。


 まあ、地球がひっくり返っても有り得ん。


 ……とまあ、そこまで言いつつも事実婚ならぬ事実お付き合い状態だし、なんなら私は登を旦那様と呼んだりするわけだが、ぐへへ。


 そんなことを実感しながら、イルミネーションの光を眺めていたが、ふいに登が言った。


「年末に俺の実家に一緒に来ないか?」

「行く」

 即答である。

 是非ぜひも無し。

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