第48話別れたくない!

「登〜。お弁当食べよ?」

 美鈴が俺のところに、俺の分と自分の分の弁当を持ってやって来る。


 隣の席の神谷がいつも気を使って空けてくれている。だから、時々ジュースを奢ってお礼をしている。


 そんなわけでいつも通り隣の椅子を借りて俺と一緒に食べる訳だが。


「どうしたの?」

 固まっている俺に不思議そうに小首を傾げる。

 とっても可愛い。

 昨日の話を聞いてしまっただけに余計に可愛く見える。


 村下がニヤニヤしているのが見える。

「いや、大、丈夫、なんでも、ない」

「熱あるんじゃない?」

 俺の額に手を当てる。

 美鈴の手は少し熱い気がしたが、それ以上に柔らかく。

「本当に熱ありそうな……どうだろう」

 不安げな顔をする。


「いや、大丈夫。村下の顔でも見れば一瞬で冷めるやつだから」

「どんなのよ、それ……」

 その返しに思わず笑ってしまった。


 まあ、俺が美鈴を好きでいることは変わらないか。

 改めてそう思う。

 この時、触れた手が少し熱かったことの意味を知ったのは後になってから。


 その日の放課後に、また立山を見かけた。

「あれ? 立山」

 立山はこちらに気付かず、今の彼女と屋上の階段を登って行った。

 何か気になったとしか言いようがない。

 俺たちは自然とその後を追った。


 そして……。


「別れて欲しいの」

 立山と今の彼女、確か石原さんと言ったか。

 確か美鈴と付き合っていたときの立山の『浮気相手』だったはず。


「どうして?」

「もう分かってるでしょ? お互い気持ちが終わってること」

 2人の沈黙の後。

「そうだな。今までありがとう」

 立山はそう返した。


 昨日言ってた通り、か。

 恋は本当にままならない。

 ふと、隣の美鈴を見ると。

 なぜか震えていた。

 なんで? どうして? と呟きながら。

「どうした?」

 震える美鈴の両肩に手を置く。

 美鈴は俺を泣きそうな目で見つめると何も言わず、いきなりしがみついた。


 え!?


 俺が困っていると、立山と石原さんが屋上から屋内へ。

 俺たちに気付き、石原さんは気まずそうに直ぐに立ち去り、立山は苦笑いを浮かべ片手で俺にごめんな、と。それだけ言って立ち去った。


 気を遣わしてしまったな……。


「美鈴……」

 しがみつく美鈴の肩を持ち、どうしたのか、と聞こうと。


「嫌だ! 離れない! なんで皆別れたりするの!? 石原さん、立山君のこと好きって! ほんとに好きって言ってたのに! なんで付き合ったら別れるの? 嫌だよ! 別れたくないの。好きなの!! 大好き! 別れるなんて嫌、絶対に嫌!」

 美鈴は子供のように癇癪かんしゃくを起こす。


「離してなんかやらない! 逃したくない! ずっと、ずっと好きだったんだから。これからも愛してる! だから別れるなんて言わないで!」

 俺にしがみついたまま顔を伏せて、駄々をねる。情熱的に別れたくないと叫ぶ。


 美鈴……俺たち付き合ってない。


 よしよしと美鈴の頭を撫でる。

 やっぱり少し熱がある。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 決定的な時間はその放課後に起きた。

 登と2人で廊下を歩いていると、

「あれ? 立山」

 私には立山君には言わなければならないことがあったが、今になるまで言えていない。

 立山君と現彼女の石原さんが、並んで屋上に行くのが見えた。

 私たちは2人の様子が気になって自然とその後を追った。


 そして……。


「別れて欲しいの」

 石原さんが立山君にそう告げた。

 彼女の事は覚えている。

 私たちが別れる要因となって、わざわざ私に謝りに来てくれた。

 そしてしきりに立山君のことが好きだと、そう言っていた。


 なんで……?


「どうして?」

 少し寂しそうに微笑む立山君。

「もう分かってるでしょ? お互い気持ちが終わってること」

 むしろ辛そうにそう絞り出した石原さん。

 

 アンナニ、スキダトイッテ?

 ソレデモ、キモチハ、オワル。


「そうだな。今までありがとう」

 立山君はそれを受け入れた。

 頭がボーッとする。熱が上がってきたのかもしれない。


 ナンデ?

 ドウシテ?

 ワタシタチモ、オワル?

 付き合えば……終わる。


 石原さんの姿と『あの本』の主人公を振ったあの女がフラッシュバックのように私に重なる。


「どうした?」

 登が私の両肩に手を置く。


 終わりたくない!

 その想いに囚われた私は何も言わず、登にしがみついた。

「美鈴……」

 登は私を私の肩を持った。

 私は顔を彼の身体に押し付け、更にしがみつく。


「嫌だ! 離れない! なんで皆別れたりするの!? 石原さん、立山君のこと好きって、ほんとに好きって言ってたのに! なんで付き合ったら別れるの? 嫌だよ! 別れたくないの。好きなの!! 大好き! 別れるなんて嫌、絶対に嫌!」


 私は子供のように癇癪を起こしてしまった。今まで考えないようにしていた不安が、一気に噴出してしまった。

 ずっと怖かった。

 いつ、その手を振り払われるかとずっと怯えていた。


「離してなんかやらない! 逃したくない! ずっと、ずっと好きだったんだから。これからも愛してる! だから、別れるなんて言わないで!」


 怖い!

 怖い!

 怖い!


 ……不意に、温かな手がそんな私の頭を優しく撫でた。よしよしと、優しく包むように。

 その手は私が泣き止むまで優しく頭を撫でてくれた。





 ……。


 ……やがて正気を取り戻す私。

 気づけば、立山君と石原さんは居なくなっていた。


「の、のぼるさん……?」

「ん?」

 顔を見ようと登が、また私の肩に手を置く。

「離さないで!」

 自分の顔を隠すようにしがみついた。

 離されたら恥ずかしさで死ねる!

 私は確実に真っ赤な顔だ。


 か、顔が上げれません……。

 皆さま、こういう時はどうすれば良いと思いますか?

 私はどうしたら良いか分かりません。


 もはや混乱し過ぎて、自分でも誰に問いかけているのか分からない。


 やっちゃたーやっちゃたー!

 色々、ぶっちゃけちゃったー!

 私はー美鈴〜重い〜おんなぁ〜。

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