第46話立山

「悪かったな、相談乗ってもらって」

「まあ、いいってことよ。惚気のろけ聞かされただけどな。お前には借りがあるしな」


 教室を出て、歩きながら投げやりに村下は手をぶらぶらさせる。

 秋も終わりだと感じさせるように廊下も随分冷えた空気をただよわせている。


「借り?」

「1年前、相談乗ってもらったろ? 部活と彼女のこと」

「だってあれは……」

 本当に大したことはしていない。悩みを聞いただけでしかない。

 結局、村下はその彼女とは別れてしまっている。


「それと同じさ。聞いてもらうだけで充分なんだよ。結局、友情も恋愛と一緒ってこった。ちょっと話を聞くだけでいいんだ」


 それだけでいいはずなんだがな、と村下は呟く。

 たったそれだけがどうしても難しくて恋はいつも儚い。


 ふと廊下の向こう側に見た事があるイケメンの姿があった。

「あれ?」

 向こうもこちらに気がつく。

「久しぶり」

「ああ、久しぶりだな立山。御影、村下、悪い、先に帰っててくれ。今日はありがとな」

 またな、と2人はそう言って帰って行った。


 改めて立山に向き直り、

「悪いが、少し話付き合ってくれるか?」

 軽く笑いながら、でも美鈴とのことで少し申し訳なく思いながら。

「そう言われると気になるな」

「ああ、いや、大した事じゃないんだが……場所変えるか?」


「いきなり殴りつけるとか止めろよ?」

 それには流石に俺も笑いながら、手を振り否定する。

「ないない。むしろ俺が怒られるようなことだ」


 そうして俺たちは屋上に登ってきた。赤焼あかやけが広がり、もう少しで暗くなり始めるだろう。

 屋上に到着するなり俺はいきなり頭を下げた。


「すまん。今更だが俺は美鈴が好きだ」

 立山は肩をすくめて息を吐く。


「俺とみす……雪里はもう別れている。俺には関係ないよ。別の彼女も居るしな」

「違う。俺はお前たちが付き合ってた時から好きだったんだ。お前たちが付き合ってた3月に告白もしてる」

「知ってたよ」


 えっ?


 俺は頭を上げる。

 立山は怒るでもなく、むしろ穏やかな笑みを浮かべていた。

「知ってた。お前が雪里を好きな事も。お前が告白するところも。返事も貰わず帰るところも。見てたからな」


 ……そうか。


「ごめん。気をつかわしてたな……」

「いいんだよ。お前寝取りとか嫌いだもんな。変なことをしないのは分かってた」


 立山はそう言って、茜色の空を眺める。

 イケメンはそういうところも絵になるな、とどうでもいいことを思った。


「なんで浮気とかしたんだ?」

 責めるつもりはない。ただ聞きたかった。


「浮気か……。正確には浮気じゃないだろうな。あの頃、俺たちに互いへの気持ちはなかった」

「そうか」

 それ以上、そのことについては何を言って良いかは分からなかった。


「俺が美鈴を好きなこと知ってたなら、なんであの日、幼馴染の気分とか言って俺のところに寄越したんだ?」

 普通は危なくて彼女をそんなところに行かさないだろ? 来た美鈴も美鈴だが。


 ……いまならわかるが、美鈴は俺の部屋に来るということがどういうことか、深く考えていなかっただけに違いない。


「そうだな。。分かってたことだ。最初からな」

 流石さすがにその立山の言い回しが、なにを意味するのかは分からなかった。


「分かんなくて良いよ。お前が変なことしないのはハッキリ分かってたしな。……俺も寝取りが嫌いなんだよ」


 立山は今度はフェンスまで行ってそれを掴み、身体を斜めに倒しながらまた空を見る。

「幼い雛鳥は恋を知り巣を飛び出し帰って来ることはありません、でした。難しいなぁ〜、恋は。また今の彼女とも別れることになりそうだしな」


 幼い雛鳥が美鈴であることは分かった。恋を知り……ということの意味はやっぱり分からないけれど。


 そうして本当に今更だけど、イケメンでモテるからといって、恋が上手くいくとは限らないのだと気付かされる。


 俺も空を見上げる。

 茜色は次第に濃い青と混ざり始める。


「立山。恋が嫌いになったりしないのか?」

「しないな」

 即答だった。


「どんなに辛い恋だろうと、しなくて良かったなんてことは一度もない。だから、俺はまた恋をするだろうな」

「すげぇな。俺は恋を好きにはなれない」

 言い切った立山への尊敬の念を抱きながらも俺は心からそう思う。


「どうだろう? たった一つの恋を突き進むことも俺は素晴らしいと思うよ。俺のような奴では初恋も叶うことはないしね。ま、頑張れよ、倉橋。お前なら良いよ。雪里の相手。お前なら……認められる」


 立山は出入り口へ歩き出す。その背に呼びかける。

「俺もお前なら……美鈴の相手として認められる、そう思ってた」


「倉橋にそう言って貰えたら光栄だな。ま、雪里はお前でないとダメだったわけだけどな」

 じゃあな、と片手を上げ振り返らず立山は階段を降りて行った。


「なんというか……何処までイケメンなんだか」

 去り方までカッコいいなんてうらやまし過ぎる。

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