第43話お家へご招待⑥

「あらあら、まあまあ!」

 呆然と現状を理解できないまま、美鈴の温かさのみに全意識を集中していた俺の耳に美鈴のお母さんの声が聞こえる。

 背後を振り返ると、美鈴のお母さんと花純ちゃんがわざわざ部屋の入り口からのぞいている。


 美鈴が俺と手を繋いだその状態のまま2人に手を振る。

「ただいま〜」

「お帰り〜」

 美鈴のお母さんは陽気に手を振りかえしてきた。

 ノリが良い。


 顔が真っ赤になってしまった俺だが、咄嗟に立ち上がろうとして、美鈴と手を握っていたのを思い出す。

「あ、ごめん」

 そう言って、美鈴は手を離してくれる。

 俺の頭は大混乱のままだ。


 あ、ごめんって何?

 俺は嫌じゃないよ? 嫌じゃないけど? 嫌じゃないの?

 おっと、混乱してないで挨拶しないと。


「えっと、初めまして、ではなくて。あ、本日はお招き頂きありがとうございます。これ、つまらない物ですが」


 図書館からの帰り道に美鈴と選んだケーキだ。気を使わなくて良いと美鈴は言ったが、そんな訳にはいかない。

 花純ちゃんはケーキに喜んで飛び付く。

 美味しいと評判の店らしい。

「わーい! ありがとう、えーと……」

「倉橋登。お姉さんの友達」


 そこで花純ちゃんは可愛らしく小首を傾げる。

 血は争えないなぁ、仕草しぐさが同じだ。

「友達?」

「友達」

「彼氏じゃなくて?」

「うん、彼氏じゃないよ?」

 ギギギ、と花純ちゃんは美鈴を見る。


「ひっ!」

 何かに怯える花純ちゃん。

 俺も花純ちゃんが見た方向に振り返るが、座りながら美鈴がこちらを見ているだけ。

 いや、見ているだけじゃないな、手招きしてる。


 2人に頭を下げて、座っている美鈴のそばに戻る。

「どうした?」

 トントンとまた自分の隣を叩いて示す。

 座れと?

 美鈴は無言で首を縦に2回振る。

 何故、無言?


 美鈴に手を引かれ隣に座る。美鈴は俺が座るのに合わせて再度身を寄せる。手は離さず。

 あれ? さっきと一緒?

 やっぱり何が起こっているのか分からない。

 この家独自のルールか?


 そんな訳あるか!

 そこで俺は決断する。

 何やら分かりやすくニヤニヤする美鈴のお母さんと、ビクビクしている花純ちゃんの視線を受けながらおとこ登、聞きます。


「美鈴、距離近くないか?」

「そう? 普通だと思うよ。ダメ?」

「いや、ダメじゃない」

 ダメなどあり得るだろうか、いやない。

 全開に嬉しい。

 そのまま美鈴はこの現状を気にすることなくテレビを見ている。

 おとこ登の挑戦、終了〜。


「今、準備するからね〜、待っててね〜」

 と美鈴のお母さん。


 花純ちゃんもため息をつきながら、俺たちの斜め前のソファーに座り一緒にテレビを見だした。


 そんな中、俺はどうして良いか分からなかった。

「美鈴?」

「な〜に〜?」

 美鈴の間延びした言い方が甘く耳に響いてくらくらしてしまう。

「お父さんは……」

 元々居ないとかなら非常に気不味きまずい質問なうえに、父親に娘に引っ付く俺のこの現状を説明できる自信もまったくないが、同じ男として援軍が欲しかった。

 これっておかしいよね?


「まだ仕事。春先からこの時期ぐらいまで忙しいらしいから」

「そ、そうか」

 援軍はない。

 顔を合わせても、俺は自分のことをなんと言って紹介して良いのか分からんが。


 天国なのか、地獄なのか、いや、天国なのだが、常識がおかしくなっているという点で異世界が正しいな。


 その異世界で流れるテレビの映像と音は全く頭に入らず、隣の美鈴の温もりだけを感じていた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あらあら、まあまあ!」

 お母さんの声が聞こえる。

 背後を振り返ると、お母さんと花純がわざわざ部屋の入り口から覗いている。


 登との手繋ぎ状態のまま、2人にもう片方の手を振る。

「ただいま〜」

「お帰り〜」

 母の姿を見て、登が立ち上がろうとしたが私が手を掴んだままだった。

「あ、ごめん」

 そう言って、手を離す。

 離れるとやっぱり寂しいな。


「えっと、初めまして、ではなくて。あ、本日はお招き頂きありがとうございます。これ、つまらない物ですが」

 図書館からの帰り道に登が買ったケーキを花純が飛び上がって受け取る。

「わーい! ありがとう、えーと……」

「倉橋登。お姉さんの友達」

 登が私たちの関係を友達という。

 寂しいなぁ。


 その答えに花純が首を傾げて聞き返す。

「友達?」

「友達」

「彼氏じゃなくて?」

「うん、彼氏じゃないよ?」

 ギギギ、と花純はどういうことだと目を丸くして、私を見る。

 悪かったなぁ〜、彼氏じゃぁなくて〜。

 怨念のこもった目で見返す。

「ひっ!」

 怯える花純。


 登も振り返る。

 その登に手招き手招き。

 帰ってきて〜。


「どうした?」

 登が戻ってきたので、トントンとまた自分の隣を叩いて示す。

 早く早く〜と目で訴える。


 登が座るのに合わせて、また身を寄せる。

 お母さんがニヤニヤしているけど、気にしない。


「美鈴、距離近くないか?」

「そう? 普通だと思うよ。ダメ?」

 ダメなら我慢する。

 登を見る。

「いや、ダメじゃない」

 わ〜い。

「今、準備するからね〜、待っててね〜」

 お母さんナイス!

 そのまま一緒にテレビを見る。

 あれ? なんでこうなったんだっけ?

 そんな私たちの様子に花純もため息をつきながら、私たちの斜め前のソファーに座り一緒にテレビを見だした。

 ごめんね、花純。今だけここ譲って。


「美鈴?」

「な〜に〜?」

「お父さんは……」

 ん? 挨拶してくれるの?

 でも、残念。

「まだ仕事。春先から、この時期ぐらいまで忙しいらしいから」

「そ、そうか」

 もし、その時が来ることがあったら私は覚悟するよ。

 登が欲しいから。

 それが手に入るなら。

 なーんてね……。


 流れるテレビの映像と音は全く頭に入らず、隣の登の温もりだけを感じていた。

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