第36話もしも振られたら

「でろでろね……。よくその男もそんな状態の美鈴に告白しようと思ったわね?」

 朱音は呆れ返った表情で言う。

 それにかの子が苦笑して答える。

「クラス内だけの限定の姿だから、というのもあるけど男たちには分かりにくいのかなぁ……? あー、あとクラス内で見守るモードになってるというのもあるわね。倉橋いい奴だしね。クラスでも相談乗ってもらった子も多いから」


 おお、クラスの皆、ありがとう……。

 しかし、私たちのことはそんなにバレバレなのか?

 なぜだ!?

 ……私が犬化してたからな、なんというかアレかな、仲の良い幼馴染を見守るような感じか。


「確かに倉橋は相談しやすいよね。私も大分相談に乗ってもらったから……」

 おお……、あの頃のことか。

 憎い、さらにうらやましい、ねたましいぞよ〜。


「ひっ! 美鈴、目、ハイライト!」

「うわぁ、女のドロドロとした怨念が感じられるわねぇ。早く付き合っちゃえば良いのに」

 かの子のその言葉にズーンと意気消沈。


「みっすんって、ほんと表情コロコロ変わるわね……。心配しなくても誰も取らないわよ。彼が相談しやすいのって彼が女に興味がないからなんだから」

 なぬ!?

 それは一大事じゃないか?

 登のお相手は……ま、まさか!?


 ベッドの上を見ると、そこには美しいが故に恐ろしい般若はんにゃが居た。

 そんな私たちを見つつ、かの子が眼鏡をクイっとする。


「それはロマン溢れる展開だけど正確ではないわね。彼が好きなのが、決してことが分かるから相談しやすいのよ」


「それは男が好きだから、では……ひー! 朱音! 待った! 御影君のことを言っている訳じゃないから!」

 般若朱音怖い!

 ほら、コーラ飲んで落ち着いて!


コーラをクピクピ飲んで般若から美少女に戻った朱音が一息ついて言う。

「私が相談した時もそうだったわね。あー、極端に言うなら性的な目で見られてないから、かな」


 あー、なるほど、とかの子も頷く。

 そうなの?

 うーん。

 今更ながらなんだけど。

「私、登以外とあまり2人っきりになったことないから」

「立山君は?」

 かの子に言われて、元カレとのことを思い返す。


「あー、そういえば、そんな目だったかも。恥ずかしながらそのときは深く考えていなかった……」

 あんまり思い出したい想い出ではないかもしれない。

 元カレの立川君には、ほとんど触らせなかったから、浮気されて当然だなぁなんていまさら思う。


 その点については元カレに申し訳無いと思う。彼は、浮気以外、何も悪く無いのだから。そのただ一つは大き過ぎたけど。


「ピンときてないか。一言で言うと、彼、胸を見ないのよね」

 朱音の言葉にかの子が、あ〜、と納得の声。


 朱音は容姿も良ければスタイルも良い。それを手に入れた御影君は幸せものだ。


 かの子もそれなりだ。確か……おっとにらまれた!

 私もそれなりということで……。

 関係ないが、登に借りた本二つとも胸の大きさに言及してたなぁと思う。幼馴染の方も、もう一つの友達の方もなかなか。主人公を振った女はちょっと残念サイズ……。


 おう! 喧嘩売ってんのか!? あぁ〜ん?


 ……取り乱した。まあ、行き過ぎな点はあるかもしれないが、胸というのは他の容姿と同様に重要なファクターになりやすい。


 そんでもって良いか悪いかではなく、男はそこに視線が向いてしまう。向かないのはよっぽどの例外だけ……って。

「え? そうなの?」

さすがに私は驚いて聞き返した。


 朱音様の胸を見ないなんて、流石に人としておかしいのではないか? 私も見るぞ?

 私のその視線に気づいてあきれたように朱音はため息を吐く。


「そういうことじゃなくて性的に見ないってこと。私みたいだとどうしても、で見られてしまうの。で、倉橋は他の男よりその視線が少ない……分かりやすく言うと女が女を見るのと同じ、ってことよ」


 なんだってー!? 登は女だったのか!

 男装ラブコメ?

 主人公は誰だ? 親友ポジションはやっぱり……。


「ひっ!」

 般若朱音様が再臨されてる!

 そこにかの子が助け舟。


「それはもういいから。だから倉橋には相談しやすいってこと。男なんだけど女と同じ感じに相談しやすいからね。だから反対に倉橋君には女を紹介出来ないのよ。紹介しておいて女としては興味ありません、ではどっちも救われないでしょ?」


 成る程〜。

 そうなのか〜、登はそういう目で見て来ないのかぁ〜。

でも登は私の方をよく見てくれるぞ?

登に見られたら駆け寄るぞ?

飼い主様だ、仕方ない。


「で? そこまでなってるのにどうして付き合ってと言わないの? 彼が好きなんでしょ?」

 かの子が私たちの関係に話を戻す。

 私は崩していた足を正座に戻していつむく。

「怖くて……」

「怖い? 告白がってこと?」

 私は首を横に振る。

 かの子はそれ以上追及せず、私の言葉を待ってくれる。

 告白も怖いが、それよりも……。


「登のあの手がもしも触れてくれなくなったら……そんなつもりじゃなかったって、もう、あの本みたいに『今はもう心からただの友達だと思っている』と言われたら……立ち上がれないと、思う。でも、それよりも」


 怖かった。

 彼の目から私が消えてしまうことが。

 その現実を認めることが出来ないほどに。


 でいいから、彼に見られていると思っていたかった。

 だから頑張れる。

 だから恥ずかしげもなく彼の側に寄れる。

 だから次の男を狙いに行っただけと噂されても彼の側にいった。

 だけどただの友達と思われていたら私は立ち上がれない。


 どの顔して彼を振った女が私も好きでしたと言えようか?

 どの顔して前の男と別れたから私をもう一度好きになってと言えようか?

 どの顔して今更友達ヅラしておきながらやっぱり好きでしたと言えようか?

 ……どの顔してただ彼の側に居られる?


 全部わがままだ。

 ぶつかっていけばいい、全てを捨ててでもドカンと突撃して爆発すれば良い!

 そう思わなくもない。


 ただ分かるのだ。

 理屈ではなく、私がこの恋をどうしようもなくこじらせているのが。

 それが本当の1番の理由。


「その……、自分でもどうしようもなく重いの分かってるんだけど。冗談とか、気持ちのうえで、とかではなく……。振られたら私……、多分、死ぬんだ」


 私はおそるおそる顔を上げて2人を見た。

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