約束

第34話灰色のはずの夏

 夏休みに入り、俺たち受験生は灰色の受験戦争最終戦に突入した。

 早い人なら9月に受験が終わるが、大半は12月までが勝負。人により年越しまでらしい。

 俺と美鈴は学校指定型推薦での試験なので11月が1番の勝負どころだ。


 俺たちは今、図書館の自習テーブルの一つを占領していた。

 そう、俺たち。


 俺は約束通り美鈴と図書館に通っている。常に2人っきりというわけではなく、朱音と御影、最近では本橋さんや部活を引退した村下むらしたとも一緒になる。


 俺たちは毎日のように……いや、『ように』ではなく毎日一緒に居る。

 だからといって、色っぽい関係ではない。まあ、当たり前なんだけど。初夏のあの数日以来、これといった変わり映えはなく仲の良い友人関係だ。


 図書館は冷房の効いた静かな空間だが、一歩外に出れば灼熱の地獄になる。図書館にまで通うだけで汗だくになってしまう。


 そういう中で昼の食事も外に出るのは一大事だ。そういう事情があり困っていると、美鈴からある提案があった。


「私、お弁当作って来るよ?」

「いやしかし、そういう訳には……」

 これには流石に俺はしぶった。

 当然、美鈴の弁当が食べたくないわけではない。

 ただ1人暮らしをして分かったことだが、食事の用意はかなり手間なのだ。


 だから弁当を作るというのは、冷凍食品や晩御飯の余りを詰めるだけで時間がそこまで掛かるわけではなくても、なかなかの労力を感じるものなのだ。


「1人作るのも2人作るのも一緒だよ?」

 そう、これもよく聞く話だが俺にはそうは思えない。自分が食べる量は感覚で分かるが人がどれだけ食べるなんてその人本人にしか分からないのだ。だから作る時はそれを悩みながら隙間を埋める必要がある、と思う。


 そこで美鈴は何かに気づいたように見るからに消沈した。

「あ……、ごめん……。登に無理させてまでというわけじゃないんだ……」


 こうして、俺は当然のごとくあっさり陥落かんらくした。

 至極丁寧(?)に弁当作りの大変さを説明し、俺自身は食べたくて食べたくて血の涙が出そうであることもよーく説明。


 最後には美鈴は顔を真っ赤にして、肩を震わせうつむく。どうやら笑いのツボにでも入ったようだ。


 そういう訳で有り難くも俺たちは、図書館入り口ロビーの脇の椅子で2人で並んで手作り弁当を食べている。


 もう少し涼しければ外で弁当を広げるのだが、こうも猛暑では命に関わる。そんなわけでロビーにいくつかあるテーブルは俺たちのような人で満席だ。

 カップルも多い。

 当然のごとく俺は意識してしまうが、美鈴は自然体だ。まるでここで2人で居るのが当然だとでもいうように。


 今更だな、俺はそう思う。

 そこでショックを受けることはもうない。それが分かったうえで、俺は恋心を継続することを覚悟したのだから。


「今度、お母さんが登を家に連れて来て〜って」

「へ? なんでまた?」

 なんで俺を?

 非常に残念だが俺は美鈴の彼氏ではない。

 正式にご挨拶をする立場にない。


 少し前に美鈴を送っていった際に簡単に挨拶はしておいたから、友人としてはそれで十分だ。


「弁当の材料代払ってくれてるでしょ? お弁当作ることを話したときに材料代を貰う話したらお母さんが凄く感心して。前に私を送ってくれたお礼もしたいから、是非食事でもだって。どう?」


 弁当を作って貰って材料代を出すのは当然だ、そう思うが、確かに普通はそこまで考えは至らないだろう。


 俺も家から出て、当たり前に日々の食事に金がかかることに気づかされていなければ分からなかった。

 だが気づいてしまえば、そこはやはり無視出来ないのだ。


 だからまあ、感心されるほどのことはないと思うが。


 もう一つのお礼については……こちらが気にしなくていいと言っても、そういうわけにはいかないとのことだ。


 美鈴を送っていった日以降、美鈴はあんな風に体調を崩すことはなかったが、何故、ああなっていたかは気がかりだった。よほど酷い風邪だったのだろう。


 美鈴にそのときのことを聞いても、何故か顔を赤くして謎の咳払いをしだす。思い出すだけで病がぶり返すのか?


「分かった。そちらが良いなら、おまねきに預からせて貰うよ? でも美鈴は良いのか?」


 彼氏でもない男が家に行くことになるんだが、この年頃にまでなると家族にも彼氏候補とか実は彼氏ではないかと、そういう目で見られてしまわないだろうか?


 美鈴は不思議そうに小首を傾げる。

「良いから言ってるんだけど?」


 これまた周りのカップルを気にしていないのと同じように、さも当然でしょ、と言わんばかりだ。その反応は、に気づいてはいなさそうだ。


 美鈴って彼氏居たよなぁ?

 分からないものかなぁ、と俺は逆に首を傾げた。

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