第33話月が綺麗ですね

「か、勘違いしないでよね! 助けてくれたお礼を今度してあげるんだから!」

「何それ? 由緒ゆいしょ正しきツンデレ?」

 最近はツンデレという言葉自体をあんまり聞かなくなったけど。

「そう、ツンデレ」

 美鈴はコクンと頷く。

 直ぐ認めるところが可愛いよな。


 激戦を制した店内。22:00になり残すところ片付けだけ。

「いいや、俺も手伝ってもらって、大分、助かった。応援来て貰えなかったらヤバかった」


 倒れた湯ノ沢さんだけではなく道谷さんも今日は居ない。湯ノ沢さんは地元から出て1人暮らし。病院のやり取りやら家族への連絡などを道谷さんが代わりに行ったらしい。

 なんでも倒れた際、湯ノ沢さんは意識が無かったらしい。精密検査の結果は明日わかるらしいがおそらく過労だろうと。


 湯ノ沢さんは店のバイトに大学での用事に試験、さらに夜中にゲームと、かなり無理したのが原因と本人が言っていたそうだ。その原因の中にゲーム時間が入っていたのが湯ノ沢さんらしいと思った。

 ちょっと駄目なお姉さんだ。

 本人もとても反省していたようだが。


 夜に病院からこっそり、店長に謝りの電話をかけてきたとか。店長も気にせず、早く寝るようにと伝えていた。


 道谷さんも先程、店に来て店長と話をしていた。俺にもしきりに頭を下げて、この礼は必ずすると言ってくれた。


 俺も気にしなくていいと言った。むしろ、そんな緊急事態で適切に行動した道谷さんをちょっと尊敬したぐらいだ。


 俺からしてみれば美鈴が倒れたようなものだ。店で仕事しようにも気になって仕事になるはずがない。


 何が必要で何をしなければならないかを、道谷さんは適切に行動した。

 明日は道谷さんが代わりに通しでバイトに入ってくれるらしいので、土日ではあるが今日ほど混乱はしないことだろう。


 ゲームばかりで地味なイメージの先輩だったけど、実はしっかりした男だったことを知った。俺もそうなりたいと思うほどに。

 湯ノ沢さんの方がちょっと抜けたお姉さんのようだ。

 今までは逆のイメージだった。


「雪里先輩! 今日は助けてくれてありがとうございました!」

「結局、私も登に助けられちゃったから、一緒だよー。明日もよろしくね?」

「はい!」

 美鈴はしっかり岩瀬さんに懐かれたらしい。

 美鈴は満更でもなさそうだ。

 岩瀬さんは小動物っぽいからなぁ。美鈴よりちっこく見える。


「そういうことで登にはしっかりと私からお礼をされる義務があります。受け取るように!」

 何をくれるかは知らないが、苦笑いを浮かべお手上げとばかりに俺は両手を挙げる。


 店内の片付けを終え店長からも礼を言われる。

「今日は大変だったから助かった。雪里さん、悪いけど明日も頼むね」

「はい、お任せ下さい」

 美鈴は元気良く返事をする。病み上がりなのに無理をさせてしまった。なんらかのお礼は返したいところだ。


 時間も時間だ。岩瀬さんと美鈴を送って帰る。岩瀬さんは美鈴の家より遠いが、何故か先に岩瀬さんから送ることとなった。

「後輩が送り狼に襲われてはいけないので、監視するよ!」

 そう言って美鈴はニシシと笑う。


 自分の方が俺の標的になりやすいのは分かって……無いんだろうなぁ。

 俺、告白したよ? 何ヶ月も前だけど。


 あー、せつねぇな。

 つまり、アレだ。男として意識されて無いってことなんだよなー、と俺は内心思い肩を落とす。


 岩瀬さんを送った後、2人で並んで夜道を歩く。今日は晴天せいてんなのもあり店も大入りだった。

 そして夜になれば、大きな月と星空がチラホラ見える。


「月が綺麗ですねぇ、美鈴さん」

 愛してますよ、美鈴さん?

 美鈴は、急に話しかけた所為か、一瞬ビクッとしたが、直ぐに俺と同じように月を見上げ、穏やかな声で応える。

「そうですね、月が綺麗ですねぇ、登さん」

「明日もよろしく」

 これからもずっとよろしく。

「こちらこそよろしく」


 そう言い合い、俺たちは夜道でどちらともなく笑い合った。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「か、勘違いしないでよね! 助けてくれたお礼を今度してあげるんだから!」

「何それ? ツンデレ?」

「そう、ツンデレ」

 私はコクンと頷く。


 ツンデレって今ではネタにしか聞かないよねぇ。

 客の帰った閉店後の店内は少し寂しい感じと同時にやり切った、という達成感がある。

 コーラで乾杯したいね〜。

 大人になったらビールで登と乾杯かな。


 その頃、私たちの関係はどうなっているのだろう。

 そんな思考になりかけながらテーブルをいて行く。


「いいや、俺も手伝ってもらって、大分、助かった。応援来て貰えなかったらヤバかった」

 役に立つってのは悪い気分では無い。

 これが仕事のやりがいの一つなんだな、と思う。


「雪里先輩! 今日は助けてくれてありがとうございました!」

 おー、ちっこい岩瀬さんに懐かれたようだ。良きかな良きかな。

「結局、私も登に助けられちゃったから、一緒だよー。明日もよろしくね?」

「はい!」

 素直だね〜。

 私もそんな時期あったかなぁ?


「そういうことで、登にはしっかりとお礼をされる義務があります。受け取るように!」

 苦笑いを浮かべ、お手上げとばかりに登は両手を挙げる。

 むむ!? 観念したか。

 でも何にしよう、全く考え付かない。

 登は今、何が1番欲しいんだ?


 店内の片付けを終え店長に終了の報告。

「今日は大変だったから助かった。雪里さん、悪いけど明日も頼むね」

「はい、お任せ下さい」


 着替えて店を出ると登が待ってくれていた。私と岩瀬さんの2人を送ってくれるらしい。

 私の家の方が近いが先に岩瀬さんを送る。


「後輩が送り狼に襲われてはいけないので、監視するよ!」

 私はニシシと笑う。


 そんなわけで岩瀬さんを無事送り届け。

 今、登と2人。私の家まで送って行ってもらっている。


 ……悪いけど、岩瀬さんと2人っきりにはさせないよ?

 嫉妬というほどの感情が湧き出ているわけでは無いけれど……。

 無いけれど私が先に家に帰り、その間、登と岩瀬さんが2人っきりであることを考え出すと、嫉妬で叫び出してしまう。

 そしたら母に怒られ……いや、まだアレから数日しか経っていないから心配されてしまうな。


 あれ? 朱音のお陰で復活したと思ってたけど、私って大概、情緒不安定じょうちょふあんていじゃね?


 何がヤバいって、登への執着度しゅうちゃく半端はんぱないのだ。

 思い返してみても大泣きした理由も、小説読んでて登場人物の1人に自己投影して悲しくなったから〜?

 それで一日中泣きまくって憔悴しょうすいして家族に心配かけて、親友に助けてもらうと。


 なんだそりゃ!

 ああ、重い! 重いよ、私!

 後、思い出した! 昨日のこと!

 何!? おんぶして連れて帰ってもらうって何!?

 昨日の私! 今すぐ、そこ替われ!


 ……いや、ダメだ。

 2人で並んで夜道を歩くこの時間を譲ることは出来ない!

 グググ、昨日の私、はかったな!


 まあ、どっちも私だから良いんだけど。

 隣の登を見る。


 この男も大概、甘いよなぁ。甘いというか、優しさのかたまり? なんでモテないのだ?

 やっぱり世の女子おなごどもは優しさより格好良さ重視なのか!

 ……私も前科があるから人のこと言えんが。

 3月に登に告白してもらったわけだが、今でも引きずってたりしてくれないだろうか?


 なーんてね。

 都合良すぎだろ、私。


 また大泣きしたいのかってね。

 頑張るって決めたんだ。

 良い女になって、この男を私のものに。私はこの男のものになるんだ。

 なりたいんだ……。


 そうして油断してたわけじゃないんだ。

 突然、隣の月を眺めていた登が言った。


「月が綺麗ですねぇ、美鈴さん」

 

 ふわっ!?

 分かってるのか!? 分かってないだろ!

 それは有名な大作家様言語でアイラブユーだぞ!


 ……ま、分かってないよね。


 私も登と同じように月を見上げる。

「そうですね、月が綺麗ですねぇ、登さん」

 愛してますよ、登さん。


「明日もよろしく」

「こちらこそよろしく」

 ずっと一緒に居てください。


 そう言って、夜道でどちらともなく私たちは笑い合った。

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