第31話それはいつもと同じ朝だったはずだった

 昨日の醜態をどう取り繕うかと、私は必死に考えながら家を出る。


 いつもの通学路。

 家々の間の道の電信柱の隣に登っぽい人が立っている。

 当然、登の通学路ではないから登では無いはずだ。仮に登に見えているとしたら私の願望が見せた幻だろう。


 私が学生のうちにしたい108つの野望のうちの一つ、『好きな人に待ち伏せされて好きな人と一緒に通学する』を同時に満たしたいという欲求の賜物たまものだろう。


「おはよ。体調はもう大丈夫か?」

 どう聞いても登の声だ。

 否! 常識を疑うのだ!

 これは試練だ美鈴!


 万が一、いや! 億が一でも、幻覚の登と本物の登を間違えるようなことなど有ってはならぬ!


 ジー。


 本物っぽい……。

 この幻覚、やけにリアルだ。


 幻覚がポンッと私の頭に手で触れ優しく撫でる。

「ふわわ〜……」

 私の口から恍惚こうこつの声がれる。

 馬鹿な! あり得ん!

 アレは男の妄想が生んだあり得ぬ幻想ろまん

 真に惚れた男にそうされた時のみ、出てしまうという究極の声ではないか!

 その声を出したの私だけど。


 え? マジなんなの?

 あの声って普通出ないよね? なに、ふわわ〜って!?

 え? 現実に出るの? 出たけど!

 今、出ちゃったけど!!


 あまりの混乱ぶりにハテナマークの飛び交う私の頭を登は引き続き、軽い微笑を浮かべ優しく撫でている。

 幻想だとしても、登って今までこんなことしてくれたことあったっけ?

 せいぜい昨日、おっかなびっくりしながら撫でてくれたことぐらいだけど。


 感触的に不快感は一切出ないどころか、ずっとこうしていて欲しい気持ちになる。


 私の身体が、感覚が。

 彼が本物である事を告げている。


 なんだこりゃ。

 いつのまに私はパラレルワールドに異世界転移してしまったのだろう?

 いやまあそれでも好きだけど。


「……名残惜しいけど、身体も大丈夫そうだし行こうか」

 幻想登わたしのがんぼうの言い方が甘い。

「登〜? 飴ちゃん持ってる?」

 私は真実を確認すべく幻想登に問いかけた。

 本物なら持ってるはずだ。


「飴? 昨日の甘いヤツでいいなら」

 飴を渡される。

 昨日の甘いヤツだ。

 なるほど昨日の登とは同一人物のようだ。


 ……本物じゃん。


「登!? 何か悪い物でも食べた!?」

「……食べてない」

 今、間があったけど何食べたんだ?


 深く大きく彼はため息を吐く。

「……食べたいものは出来たけどな」

 ジッと呆れたように見られる。

 な、なんだ!? 今、とても失礼な事を思われている気がする。


「……行こうか」

「うん」

 登がそう促すので私はコクンと頷く。

 何か甘い空気が流れているのは気のせいか?

 誰か突っ込みはおらぬのか?

 突っ込みを! 突っ込みをもてい!

 心の中で叫んでも、誰もデアエ、デアエと時代劇のように出ては来ない。


 やっぱり私は不思議時空を通って、異世界パラレルワールドに来ていたのか?


 私は混乱する頭でそんな事をグルグル考えていたせいで、昨日の醜態しゅうたいのことはすっかり忘れることが出来ていた。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 それは勇気と呼ぶべきか。


 見慣れない朝の通学路、好きな人の家の前で待つ。ともすれば、それはストーカーなどと言わないかグルグル考える。


 大切な人に迷惑をかけることになれかもしれない。やはり待ち伏せは止めるべきか。

 そもそも付き合っているわけでもない異性の家に来るのは、幼馴染でもなければ如何いかがなものか。

 そう思い引き返そうかと思えば、昨日の美鈴の様子が思い出す。


「何かあってからでは遅い、か……」

 美鈴の体調を思えば俺がストーカーで逮捕されようが、いや、やっぱり逮捕はダメだろ?

 最悪、嫌われることになっても……それもやっぱキツイな。

 胸がギュッと締め付けられる


 まー、声だけかけて大丈夫そうなら、そこからは別で登校すれば良い。美鈴と付き合うことが出来れば、こんな気分も味合わなくていいのかな、と思うと自然に苦笑いが出る。


 あの時、告白こそしたが正直に言おう。

 あれは振られる事が目的だった。だから付き合う未来など想像すらしなかった。

 それは決意した今も想像できない。


 ここが美鈴の暮らしている風景なんだな、となんとなく周りを見る。特になんという事もない住宅街。すぐ先に大通りがあり駅も近いので立地は悪くない。

 そんな中、電信柱の隣で待つ。電信柱の影に隠れているわけではない。


 通る人からじろじろ見られるかな、と思ったが、たまたま美鈴が家から出て来るまで誰も通りかかる人はいなかった。


 美鈴が出て来た。

 待ち人来たる、だな。

 こちらを認識したのか、真っ直ぐに俺の方に歩いて来る。

「おはよ。体調はもう大丈夫か?」

 昨日よりはずっと元気そうには見える。


 声を掛けたが、何も言わず近づきジーっと上目遣いで見られる。

 丁度良い高さにある頭を差し出しているようにも見える。

 撫でろってことなのかな?


 いやまさかと思いつつも、ポンッと頭に触れ壊れ物を扱うように優しく撫でる。

「ふわわ〜……」

 喜んでいるようなので、そうだったらしい。本当に頭を撫でられたらそんな声出るんだな。


 ……出ないよな?


 撫でろという意味ではなかったのかもしれない。

 俺の行動に美鈴は混乱してます、と顔全体で表現している。

 だが嫌がられてはいない。

 その事にホッとする。


 まだ好きでいていいか?

 そんな事を言われたら美鈴は困ってしまうだろう。良いも悪いも俺自身がもう好きでいることを止めることは出来ないし、もう止める気もない。


 君が好きだよ。

 心の中だけで呟き微笑する。


「……名残惜しいけど、身体も大丈夫そうだし行こうか」

「登〜? 飴ちゃん持ってる?」

 まだ見上げる美鈴は俺に飴を出せと言う。昨日の甘い飴を美鈴に渡すと、美鈴は何故か驚愕きょうがくの表情をする。


「登!? 何か悪い物でも食べた!?」

 何を突然言い出すんだ、このトンチキ娘は。

「……食べてない」


 深く大きく、俺はため息を吐く。


「食べたいものは出来たけどな」


 ジッと呆れたように見られる。

 それでも俺はこのトンチキ娘が好きなんだよなぁ。このトンチキぶりすら可愛く思えるのだから、あばたもえくぼってやつかな。


「……行こうか」

「うん」

 私、混乱してます、という顔をしている美鈴と共に歩き出す。

 隣で歩く彼女を見ながら俺は改めて思う。

 美鈴に相応ふさわしい男になろう。

 そしていつか、君に好きだと伝えるのだ。

 今度は振られるためではなく。

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