第27話それでもこの恋から逃げられない

「認めるしかないよ」

 朱音は優しく私を抱き締める。


「私たちが生まれて生きて、そして恋をして。それはもう最初からどうしようもないことで。それでも、どんなに辛くても認めて前に進んで行くしかないんだよ」


 私の背に手を回し、彼女はポンポンと子供をあやすように。

 私は止めどころなく涙を流しながらそれでも訴える。

「登が、好き。好きなんだ。どんなに認めたくなくても好きで好きで仕方ないんだ。全部欲しくて、彼の一生が欲しくて。一時的な恋じゃ嫌なんだ。死ぬまで、死んでも一緒に居たい。ずっとずっと一緒に居たい。こんな無駄に重い恋心なんて……」

 自分でもどうして泣いているのかわからなくなるぐらいに泣きじゃくる。


 きっと外から見たら随分と滑稽こっけいだろう。

 私が1番自分を滑稽だと思っている。

 勝手に突っ走って、勝手に壁にぶつかって、それでも登が好きだと泣きじゃくる。

 恋なんて最低なだけだ。


「ウンウン、そうだね。私も雅人とそれぐらい一緒に居たいよ。だからね、認めるしかないんだよ? だってこの何十億の人たちの中で、私たちは出逢っちゃったんだから。もう認める以外の何が出来るって言うのさ」


 そうだ、そうなのだ。

 出逢った。それにもう恋をしてはいけない相手ではないのだ。

 恋をして、いいのだ。


 ヨシヨシ、と朱音はポンポンと私をあやし続けてくれている。

 えぐえぐと漏らしていた嗚咽おえつはやがて静まる。

「……ありがとう、朱音。私はまず誰よりも朱音に出逢えて良かった」


 朱音は身体を離し、私を真っ直ぐに見る。

「美鈴。良い女になろう? 良い女になって大切な人が絶対に離れられないように。手離さないようになってやろうじゃないの」

 私は頷く。

 良い女になる。

 良い女になって、彼と一生を共にするのだ。


 高校生の内に将来を決めるのは、誰もが早すぎると言うだろう。

 それは事実だと思う。


 それでも一生を決められないわけではない。

 大事なことはそうであることを諦めないことだ。

 何故なら私たちはもうこの恋から逃れられないのだから。


 一日中泣き過ぎてあまりにヘロヘロになっていたので、もう1日だけ休ませてもらった。完全に隈は取れなくて、目は疲れていたせいでコンタクトは付けられなかったが、身体はもう大丈夫だ。


 朱音にも心配をかけたことを改めてお礼を言い、今日からまた歩き出すことを伝える。



 そして、その日の朝早くに起き、登の通学路の公園前で待ち伏せをする。


 登が来たので少し話をして一緒に歩き出す。

 美鈴、勇気だ。

 勇気を出すのだ。


 私が勇気を振り絞っていると登がイチゴ飴をくれる。

 それをコロコロさせる。


「……甘い」

「おう、かなり甘めの飴ちゃんだ」

「そんなに甘い飴を私に食べさせてどうするの? 食べるの?」


 私を食べる? きっと甘いよ?

 登は天を仰ぎ片手で顔を覆う。

 登にクリティカルヒットしたようだ。

 好きだよ。


「……食べない」

「そう……」

 残念だ。

 そんな登を見ながら思う。


 登はもう私への恋を終わらせて、もうただの友達としか見てくれていないのかもしれない。

 あるいはまだ私を好きでいてくれているのかもしれない。


「おススメの本どうだった? 読んだか?」

「読んだ。幼馴染物は凄く良かった。私も幼馴染が欲しくなった」


 でも、違うのだ。

 それだけでは足りないのだ。

 それでは困るのだ。

 告白しただけで、失恋しただけで終わる恋ではなのだ!

 登には私を手に入れて貰わなければ困るのだ!


「もう一つの方は……悲しかった。大泣き、した」


 大好きだ、登。

 あなたが欲しい。

 あなたの一生が欲しい。


「……だから私、決めた」

 私は立ち止まり真っ直ぐに彼を見つめる。


「私! もっともっと良い女になる、なってみせる! だから、だから今に見ていろ! 絶対!!」

 絶対あなたを手に入れる!

 私は満面の笑みを浮かべる。


 ビシッと登を指差す。

 これは宣戦布告だ。


 ……愛してる。

 登、あなたを愛してるから、私は必ずあなたの一生を手に入れる。


 だから私を手に入れろ!

 見ていろ!!!!

 私はクルリと彼に背を向け全力疾走した。

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