第26話馬鹿な女のたわごと

 この日の朝は俺にとって、実に不可思議な出来事が起きた。

 季節が夏に入ると朝から日差しはキツく、通りを歩くサラリーマンや他の学生たちも汗をかきながら道を進んでいる。


 その最中、登校途中の公園の入り口に赤縁メガネを付けた美鈴が立っているのだ。


 彼女は2日間、風邪で学校を休んでいた。朱音曰く、季節の変わり目での風邪だろうと。

 ただ美鈴が学校に出て来たら、少しだけ優しくしてくれないかと頼まれた。


「当たり前だ。全力で優しくするぞ!」

 そう言葉に力を込めた。

 朱音はそんな俺の言葉に目をパチクリさせた後、ちょっと泣きそうな顔で、お願いね、と言った。

 うん、気になる。


その朱音の様子に美鈴に何かあったのかと思っていた。

 だから特にパッと見は、体調の悪そうに見えない彼女にホッとした。


 俺に気がついた美鈴はこちらを嬉しそうに見たが、直ぐに顔をくもらせうつむく。


 なんだー?


「おはよ。どうした、こんなところで?」

「……うん、待ってた」


 待ってた?

 俺を?

 通り過ぎる人々は、特に俺たちを気にする風ではない。

 待たれてた?


「元気ないな? 身体は大丈夫か? 無理はダメだぞ?」

 美鈴はまた俺を見る。

 目にくまが出来ている。


「大分、体調悪かったんだな。目に隈が出来てるぞ? ああ、だから今日はメガネなんだな?」

 コクリと彼女が頷く。


 美鈴が眼鏡なのはコンタクトがしんどかったのだろう。

 まあ、コンタクトを付けたことが無いから詳しく無いが、前に美鈴本人が目の調子が悪いと、コンタクトがゴロゴロする〜とかよく言ってたからだ。


「とりあえず行こうか。くれぐれも無理するなよ? あんまりしんどいようなら、送って行ってやるから帰って休めよ?」

 大丈夫、と彼女は言い歩き出す。


 大丈夫に見えねーよ!

 ほんとに無理しないでくれよ?

 飴ちゃんいるか?


 甘ーいイチゴ飴を差し出してみる。

 美鈴はそれを受け取り口に入れる。

 それをコロコロさせる。


「……甘い」

「おう、かなり甘めの飴ちゃんだ」

「そんなに甘い飴を私に食べさせてどうするの? 食べるの?」

 食べる?

 何を? 誰を?

 美鈴を?


 天をあおぎ片手で顔を覆う。

 やられた……!

 完全なノックダウンだ!

 惚れた弱みをとことんまで突かれた。


 特に何も言わず美鈴は俺を見つめている。

 メガネの奥の瞳が綺麗ですこと。

「……食べない」

「そう……」


 話を変えよう。

「おススメの本どうだった? 読んだか?」

「読んだ。幼馴染ものの本は凄く良かった。私も幼馴染が欲しくなった」


 そうだろう、そうだろう。

 やはり幼馴染物は至高なのだ。


「もう一つの方は……悲しかった。大泣き、した」


 ……ええ〜?

 アレ、そんな悲しいシーンなんかあったか!? ラブコメディだからむしろ笑える話のはずなんだが!?


「……だから私、決めた」

 美鈴は立ち止まり真っ直ぐに俺を見つめる。そこには力強い意志が備わっていた。


「私! もっともっと良い女になる、なってみせる! だから今に見ていろ! 絶対!!」


 それだけ言って彼女は先程のボロボロの表情から一転。依然いぜん、隈は残るが先程とは全く違う表情で満面の笑みを浮かべる。

 そう言ってビシッと俺を指差したかと思うと、彼女はそのまま1人学校に向けて全力疾走して行った。


 え、エーーーー!!!???


 残された俺は茫然とする。

 美鈴さん、わけが分かりません。

 しばしそのまま茫然としていたが気を取り直す。


 ある一つの事実が俺の心を軽くしたから。

 最後に美鈴が満面の笑みになってくれたから。

 冗談のように聞こえるかもしれないが、馬鹿馬鹿しいほどに俺はそれで十分なんだ。


 いつもの気だるい朝だけど、俺はそこからは気分良く登下校の道を進むのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 あの大泣きした次の日、学校を休んだ。

 学校には風邪と連絡しておいた。

 しきりに花純が様子を見に来てくれて心配してくれた。プリンもくれた。美味しい。


 朱音が見舞いに来た。

 大丈夫だからとこちらから断りを入れたのだが、心配になって来たと言ってくれた。


 部屋に入って来た朱音が息を飲む。

「美鈴。大丈夫……?」

 きっと朱音からはどう見ても大丈夫には見えないのだろう。


「ははは、心配かけちゃってゴメン。もう大丈夫だから」

 涙は枯れ果てたようにある時からピタリと止まっている。

 ただ心の中が変わらず、ぐるぐるしているだけだ。


「ああ、でも、ちょっとだけ……話、聞いてくれる? 馬鹿な女のたわ言……」

「聞くよ! いくらでも聞くから!」

 朱音はそばに走り寄り、私の手をギュッと握ってくれる。


 ああ、あったかいなぁ。

 私の目から温かい涙が溢れた。

 聞いてくれる? 馬鹿な女の話。


 12月のあの日、朱音と教室に残る登に私はグチャグチャな想いを抱いた。

 イライラして、醜くい感情で、元カレのことも頭になかった。

 だから登を睨みつけながら言ってしまった。

「最近よく朱音と2人っきりで何か話しているよね? 怪しい〜」

 だから、なんなのだ。

 あの時の私になんの関係がある。

 その時は親友を取られて寂しかったんだと思った。

 その頃からだった。登の優しさに触れるたびに、嬉しくなって、寂しくなって、胸が痛くなった。


 宝生院先輩が告白してる場面に偶然出くわした時の事だけど、登と一緒に生徒会の手伝いに行った元カレを探していたのだが。


 始めからそんな必要なんかなかったんだ。


 だって私は元カレが生徒会の手伝いで買い出しに行って、生徒会室に居ないことを知ってたんだから。


 認めたくなかった。

 そんな馬鹿な行動をしながらも認めたくなんかなかった。浮気なんて大嫌い! 恋愛するならするでそこは誠実に生きたい。それだけは私は絶対に譲れない根底だった。


 恋もまともに出来ない馬鹿女でも、そこだけは絶対に譲れないし譲りたくない。

 心から登が欲しいと叫ぶ自分の心の全てを殺しても。

 だからあの日、あの君咲くんの絵の下で私は登の想いと一緒に私の恋を殺したの。


 結果は見ての通り、無様ぶざまでしょ?


 なんなのこれ? なんなのよ! この恋心ってヤツ!

 なんで死なないのよ!

 なんで死んでくれないのよ!!

 冗談じゃない!

 認めたくない!

 認めたくないのよ!


 彼氏までいて、それなのに他の人を好きになってしまう、そんな感情なんて!

 恋なんて嫌いよ。

 なんでこんな感情が存在するのよ!?

 自分が自分で居られない。

 大切な人を傷付けてでも、その人が欲しいと言うの?


 そんなの、そんな自分勝手な感情。



 なんで……捨てられないのよ……。

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